2007年03月31日

(4)話す前に、相手の話をよく聞こう。

「会話そのものがより豊かになるような」あいづち

これは、あいづちを打つことで話の奥行きが広がっていく、ということです。

では、どういうあいづちの打ち方をしたら、話が深まる方向に導かれていくのか。

ひとつは、相手のいったことをほとんどそのままオウム返しに繰り返すようにあいづちを打つやり方です。

目の前の相手は、自分の話したいことを今まさに話しているわけですから、サーファーが波に乗るが如く、さからわずに受け手の自分もその内容をそのまま繰り返すことで、同じ話の波に乗るわけです。

"I bumpted into Taro yesterday." "Oh, you met Taro?" 「昨日、太郎にばったり会ったんだよ。」「え、太郎に会ったの?」

(ちなみに、この場合のあいづちは"Oh you did?"という言い方のほうが普通ですが、使い慣れないうちは、上のような「相手のいったことの繰り返し方式」でもいいでしょう。)

"It was Yoko who did that.""Wow, She really did that!?"といった感じですね。

ただし、同じあいづちを一本調子でずっと使わないほうがよいことはもちろんです。
(あいづちを含めた表現のバリエーションをひろげることの必要性については、以前、「英会話 表現のバリエーション」で書きましたので、よろしければご参照下さい)

さて、もうひとつは…。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月30日

(3)話す前に、相手の話をよく聞こう。

昨日の続きです。

英会話の基本となる「よく聞く」ことの初心者向けのコツとして、「あいづちを適切にうつこと。」をあげましたが、ここでのポイントは、単にフンフンとあいづちを打つことではなく、「適切なる」あいづちの打ち方となります。

「適切に」あいづちを打つとはどういうことか、おわかりになりますか?

それは、「会話の流れをさえぎらないような」あいづちを打つこと、そしてもうひとつは、「会話そのものがより豊かになるような」あいづちを打つこと、です。

最初の「会話の流れをさえぎらないような」あいづちとは、では逆に会話の流れをさえぎる種類のあいづちとはどういうものか?を考えてみると、すぐわかりますね。

そうです、「But」話法。
言い換えれば「でもさぁ…」と相手の言っていることを中断した上で、ある種の反駁を試みる種類の話し方ですね。

相手が、I guess it is A.といったときに、But A is not right for this case. と返すより、Really. Then what made you think that way? と、相手の話をやわらかく受けたあとで、さらに話をつないでいくことを試みる。

聞き手に、よくListenしようという姿勢さえあるなら、あいづちはこのような相手の思考を中断しないタイプのものが多用されているはずですし、その会話も、途切れることなく進んでいくはずです。

ここで念のため。

このやり方は、初心者向け英会話において、リスニングとスピーキングの実力を向上させることを念頭に置いて書いています。

例えば、相手との論戦、Debateのように、最初から念頭に置いて相手と対峙する場合には、そうそう相手がしゃべりやすいように話を聞いてばかりもいられないでしょう。
(もっとも英語で論争ができるということは、すでに英語力が相当のレベルに達している証左でもありますが)

最初は初心者でも、いつかはそういう英語で丁々発止とやりあう(Cross swords)時がくるかもしれませんが、その時はきっと、自分のスタイルに応じた英語の学び方が、アナタなりに完全に確立していることでしょう。

もうひとつ、「会話そのものがより豊かになるような」あいづちについては、また明日。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月29日

(2)話す前に、相手の話をよく聞こう。

「英会話でも、相手の話をよく聞こうとすること。 hearではなくlistenすること」が、上達の基本となります。

が、人の話をよく聞こうとするのは、日本語でも意外と難しいもので、英語ではどうしたらいいのか?と、思う人も多いかもしれません。

自分の話を適当に聞きながされ、思わずムカッとして、「ちょっと、聞いてんの?」「あぁ、聞こえてるよ」などというやりとりは、おそらく世界共通のものでしょう。

これは、相手が自分の話を聞き流している時に、話し手の頭の中では「自分の話の核心をちゃんとわかっているのかと不安になる」→「コミュニケーションの障害が生じていると感じる」、という、思考プロセスに陥るからだと思います。

これから使い慣れない英語で会話をしようとしているのだから、会話のそもそもの段階で、まず相手の話をきちんと聞こうとしている、という部分を相手に感じ取ってもらえない限りは、その時点で、相手のほうもコミュニケーションをとる気が薄れてくるでしょう。

そうなると、いくら英会話のフレーズをおぼえ臨んだところで、活きた会話のやりとりとはいいがたいものになり、アナタの自己満足に終始するか、会話が白けたものになる可能性が高くなるでしょう。

「よく聞く」ということについては、コミュニケーションのとり方という意味で日英に共通するいくつかのポイントがありますが、特に単語やフレーズが聞き取りづらい英会話の場合に特有の、初心者向け強調ポイントを書いておきます。

まずは、「聞くときに相手の目をみること。」

これは、超基本ですね。
ま、英語力の有無を問わず、日本人は外国人としゃべるときは意外にも、これがちゃんとできてるんですよね

無意識のうちに、英語で会話するという部分での経験不足を、緊張感を持ちながらも補おうとしているからじゃないかと、思うんですが。

でも、日本人同士の会話に戻っちゃうと、一転また下を向いたり横をみたりで、まともに目を見つめあって話すことがなくなるのが、不思議というか、見ていておかしいですが…。

ということで、最初のポイントはOKとして。

二つ目は、「あいづちを適切にうつこと。」

これについては、また明日続きを書きます。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月28日

(1)話す前に、相手の話をよく聞こう。

英会話の勉強となると、どうしてもスピーキングをやらないと勉強した気にならない、という側面があるように思うのですが。

特に英会話学校に通うともなると、グループレッスンの時などに、高い授業料の元がとれないような気にもなるのか、積極的に自分を前に押し出して一生懸命話しまくるヒトもいる、と聞きます。

その心意気やよし、ですが、「先に、まずきちんと相手の話を聞く」、ことも英会話の勉強において実は相当に大事なことですので、その話を書きます。

そもそも世界の国を問わず、ヒトは相手の話を聞くよりも、自分のことをしゃべるほうを好む習性のようでして。

特に英会話の勉強をしているのだから、まず話さないとはじまらん、という気持ちはわかるのですが。

基本的には英会話も会話、話し相手との言葉のキャッチボールをしなければなりませんので、相手の話を正しく聞き取ることができてはじめて、こちらも正確に言葉のボールを投げ返す準備ができるわけです。

しかも、母国語ではない英語で会話のやりとりをする以上、正確にボールを投げ返せるかどうか、という面がありますので、なおさらその前に相手の話を聞く段階で、その意図するところを正しく聞き取り理解するように努める姿勢が、大切になってくるわけです。

リスニングとスピーキング、それぞれの力量が別々に孤立して立っているわけではありません。
「リスニングの力に優れる人ほど、スピーキングの力もある」、ということを、よく意識しておくことが大事です。

この場合のリスニングの力というのは、「相手の話を正確に聞き取れる能力」のみならず、「優れたコミュニケーターとしての資質」も、同時に指しているわけですね。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月27日

海外サイトで、日記をたまに読んでみるのも悪くない。

ブログで他人の日記を読むのもそろそろ飽きた・・・という方もいらっしゃるでしょうが、海外の日記サイトなどをご覧になったことは、ありますでしょうか?

ネットで探すといろいろあります。
例えばこんなヤツですね。(これは画面が暗くてちょっと読みにくいですが、オープンで読める例として)

http://www.my-diary.org/surf/

ワタクシはたまに、ネットで調べ物をしている合間に、無作為にこの手のサイトに入って、読むともなく見ている時があります。

この手のサイトは会員制だったりするものも多いですが、会員になって日記でもちゃんと毎日書いていれば数稽古もつめて、十分ライティングの練習となるかもしれませんね。
(ワタクシはこの日記で手一杯なので、やる予定はありませんが(笑))。

こういう日記を読んで、リーディングの練習をしようとかライティングの参考にしようとか、言いたいわけではありません。

こういうところで書かれている英語は、みてすぐにお気づきのとおり、スペルミスはあるわ文法もいい加減だわ、上品とはいえない言葉遣い満載だわで、そもそもまともに考えたらとても学習の参考にはならないですしね。

それでも、活きた気持ちが書かれていて、たまにちゃんと読んじゃいます。

切々と好きなヒトに告白したときの心情とか、やることがなくて孤独だという魂の叫びとか、感情のヒダのようなものが伝わってきて、思わず英語であることを忘れるときがあります。

活きた英語が、こういう文法も論理展開もない文章の中に、確かに息づいているのを感じます。

これぐらい肩の力を抜いて、英語に向き合うのも悪くないかァ・・・と、こういう日記を読んでいるうちに思えてきます。

テストで間違ったりTOEICのスコアが低くて・・・などといったことでマジメに悩んでいることが、一瞬、無駄なことのように感じるくらい(笑)。

日本人向けの学習という点では、ホントはやさしい洋書を読むのが良いんでしょうが、整えられていない活きた英語に触れる機会を増やしてみたい方は、たまにはこういうのを読んでおくのも、気分転換になると思いますよ。

ネットは目が疲れるし・・・という方もいるかもしれませんので、本も一冊ご紹介しておきますね。

「英語の日記を読んでみよう」(廣済堂出版)

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月26日

当ブログの編集方針を、ご説明します(たまには、PR)。

いや、天気もよくてPR日和なもので、つい(笑)。

ヒマをみては、他の方々が書いている英語ブログを、運営上の参考にするべく見て回っています。
質の高いブログが目白押しで、タダで英語の勉強がいくらでもできるネット環境というのはすごいなぁ・・・、などと、今更ながらに感心してしまうわけですが・・・。

世の英語ブログの全体的印象としては、わりに実用的色彩が強いというか、「こういう時には、こういう英語表現がおすすめ」「こういう英語表現が、ナチュラル」といった、表現のリストアップをしてくれている内容のブログが傾向として多いように思えますが、どうでしょうか。

どんな英語が役に立ち、かつおぼえるべき表現か?ということについては、なるべくそういった他のブログを見て勉強していただくのがよろしいかと思います。

「開設ごあいさつ」でも書きましたが、当「そこツボ!」ブログ日記では、

 ・「そういうシャレタ英語が、そもそもおぼえられないから、困ってるんだ!」
 ・「何回おぼえても、右から左に抜け出ていくザルなんですぅ!」
 ・「あんなに英会話の練習をしたのに、外人が向こうからくるとつい小走りで逃げてしまう自分がイヤ!」

という、同志のミナサンに、管理人ドナのつたない経験を活かして、英語・英会話がうまくなるための発想のツボや、カンどころ、勉強に役立ちそうなちょっとしたTips、を中心に書いていくことをその基本方針にしています。(時々は、まったく関係ナイ雑談もしますけど)

ですので、必然的にこのブログでは「英語ブログであるにもかかわらず、英語表現がほとんど出てこない」という、純和風日記風のウレシイ作りになってますので、安心して(笑)お読みいただければと思います。

基本的には、ワタクシやこれを読んでいる皆さんのような、日本でほとんど日本人に囲まれて一生を過ごすであろう、ごくごく普通の一般人が英語をある程度モノにするためには、

「無理をしないで気長にやる。ただし、残りの一生を、英語とつきあうつもりでやること。学ぶのを止めないこと。できる範囲で場数を踏み、たくさんの量をこなすことを心がけること。」

というのが最良の方法と、ワタクシは考えています。

そのための考え方を、この日記のあちこちに足跡として残していますので、過去ログで自分の関心のありそうなところだけ時々つまみ読みしていただけると、なにかしら新しい気づきがひょっとしてあるかも・・・しれません(もし無かったら、ゴメンナサイ)。

ヒトに一生英語とつきあえ、とのたまっている以上は、当ブログも、できれば目がみえてタイピングができて、ブログというものがこの世から無くなってしまわない限りは、一生、書いていきたいと思っています。

ということで、今後とも、よろしくお願いします。

以上、自己PRでした。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月25日

「英語・英会話上達プロジェクト」への投資にあたって。

Time is money.

最近、身にしみて思うことが多いんですが、タイム・イズ・マネーというのは、言いえて真理ですね。

時間=おカネ。「時間」と「お金」は等価値、ですね。

そしてどちらも消費されるものであり、使った分は永遠に戻ってこない。

この両方が有り余っている方は、このようなブログは確実に読んでいないと思うので除外するとして(笑)、この両者のバランスがとれていないヒトは、その片方だけでも所有していることだけで、少なくとも英語・英会話の上達という点において、かなり可能性が広がるように思います。

「英語・英会話の上達を目指す」ことは、ひとつの「投資プロジェクト」じゃないでしょうか。

それも、ワタクシやアナタが人生の相当部分のエネルギーを投下して臨む、人生における一大プロジェクトですね。

この投資プロジェクトの成功は、「アナタが目指した水準に、英語・英会話能力が到達すること」と、定義づけられます。

その達成のための公式は、そのプロジェクトのために投下した「時間×お金」、となるでしょうか?相乗効果があるし、きっと足し算じゃないですね。
ここは掛け算にしときましょう。割っちゃダメです。

いや、ちょっとそれだけでは、足りない気がしますね。
それだけならヒマを持て余した大金持ちは、みんな英語使いになってるはずなんで。

たぶんここに、「情熱」「努力」「才能」「環境」といった、もういくつかのファクターが入ってきますよね。

英語・英会話力=時間×お金×情熱×努力×才能×環境×メソッド×α? 

といったところですか。

だから、単純に投資効果を最大限にしたければ、右の5つなり6つなりの要素をひとつでも多く極大化していく、ということになりますよね。

こういう話をした時に、「英語の才能ゼロだから、ゼロをかけると、全部無駄になるね。やぁめた」などと混ぜ返すヒトは、ホントに英語の勉強なんか止めたほうがいいと思いますが。
やはり、「外国人と一回も英語で話したこと無い環境だけど、時間と根性でカバーだ!」くらいのマインドでいくべきでしょう、ここは。

ところで、一般の投資においては、「現在価値法」という考え方がありますよね。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月24日

「世界フィギュア2007」を見て。

今日は、雑談します。

ついさっきまでビールを飲みつつ、テレビで「世界フイギュア2007」を観戦してましたが。
日本勢がワンツーという、素晴らしい結果に終わりましたね。

浅田真央がショートプログラム5位から、フリーでは素晴らしい演技を見せて急迫、銀メダルまでもってきたのはホントに凄かった。

安藤美姫も練習に裏付けられた演技が本番で開花、ついに金メダルを獲得しました。

残念ながら順位こそ5位にとどまったものの、トリプルアクセルに果敢に挑んだ中野友加里も、そのスピリッツが素晴らしかったな。

いや、見ていて思ったんですけど。
やっぱりスポーツも人生の一断面であり、縮図ですからね。
英語の勉強とも、相通じるところがあるんじゃないでしょうか。

安藤美姫は、以前の絶不調からここまで復活した最大の要因は、やっぱり膨大な練習量にその裏づけがあるんじゃないでしょうかね。
失敗の後、立ち直るための地道な練習なくして、あの結果はありえないでしょう。

浅田真央からは、失敗してもあきらめない、逆転を信じてベストを尽くす姿勢の素晴らしさ、そしてそういう姿勢こそが奇跡をよぶのだ、ということが伝わってきました。

中野友加里も、以前飛べずに後悔を残したというトリプルアクセルに挑戦する姿勢から、失敗を恐れずに挑むことの大切さを、身をもって示してくれたような。

一度きりのシーンでこれまでのすべてが評価される真剣勝負の世界で、それでもなお自分を信じ挑むアスリート達の姿をみていると、英語がなかなかうまくならない…とかいって悩んでいるヒマは、無いような気がしてきませんか(笑)。

練習を続けること。失敗しても諦めないこと。自身の目標に挑戦すること。

ワタクシより何十歳も若い3人が、それぞれに大切なことを、改めて氷上のすべる姿をもって、メッセージしてくれたような気がします。

同じようにTVの前で思い思いに勇気づけられたヒトも、全国にきっとたくさんいるんじゃないかな…。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月23日

英単語学習用のDVD教材がないのは、ナゼだろう。

昨日まで英単語についてシリーズで書いてきたのですが、ふと、前から不思議に感じていたことを突然思い出しましたので、今日はそのハナシを。

今や、ちょっとした英語の雑誌や学習書にCDが付いてくるのは当たり前ですね。

また、まだ数こそ多くないですが、「DVDで英会話」といった、日常生活やビジネスシーンをネイティブのタレントを配した実写シーンで見せてくれるDVDの学習教材も、ぼちぼち増えてきています。

ただし、DVD教材の方は、CD付録のヤツに比べてまだ単価が高いですよね。

CD付英会話本が1,200円から1,500円程度なのに、DVD付英会話本となると2,000円から2,500円位のプライスレンジでしょうか。

制作コストが高いのがおそらく理由のひとつだとは思いますが、不思議なのは、英単語の効率的学習という観点に絞って企画されたDVD教材を見かけないことです。

英会話のためのDVDがこれだけあるのに、英単語に絞ったものが企画されないのは、採算があわないとか、または発行部数がさばけないだろうとか、なにかマーケティング上の理由でもあるのでしょうか?

英会話DVDのように、難易度別に英単語の持つ意味・ニュアンス・用例を、ひとつひとつイメージがわくように実写で解説してくれる「英単語学習専用DVD教材」があるなら、ワタクシとしては、欲しいですけどね

だって、CDが耳からだけなのに、DVDの場合は視覚も活用できるんだから、より理解と記憶が進むに決まってるじゃないですか。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月22日

(4)英単語を大量におぼえるために

これまで書いてきたことで、英単語のスペリング練習は不要だとか、正確な発音を学ぶための発音練習など必要ない、などということを主張したいわけではありません。

あくまで「大量の英単語をおぼえることを優先して、それをひとつの目標にたてるならば、実際にノートに書いておぼえたり発音を実際に練習したりということをやっていたなら、ものすごく時間を消費することになるため、通常行う英単語の勉強においては、その優先順位を下げたほうが時間効果が高くなる」、と言いたいわけです。

別に、英単語スペリングの筆記試験を来週に控えた受験生を対象にした方法として、話しているわけではありませんので、そこは趣旨を汲んでいただきたいと思います(笑)。
また、折をみて時間をとって、おぼえた単語が正確に書けるかのチェックを集中してやることは、もちろん有意義なことでしょう。

結局、別の観点からすれば、普通の日本人の英語学習において「読む」「聴く」「書く」「話す」の4つがまんべんなくパーフェクトにできるようにしなければならない、という勉強の仕方は、ある種最終的な理想像として捉えるべきものであって、普段から常にその4つを等しく練習しろということではないだろうと、思うわけであります。

4つともまんべんなく、抜かりなく・・・という姿勢では、スピードが殺されてしまいます。

そうならぬように優先すべきは、「読む」と「聴く」のインプットの絶対量を増やす方向です。

よく言われるように、読めないものは書けないですし、聴けない言葉は話せない、ですしね。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月21日

(3)英単語を大量におぼえるために

おぼえられる英単語数にどれくらい違いがでてくるか、簡単に比較してみましょうか。

例えば、一日30分を英単語の学習に充てると、仮定します。英単語の意味をiPodなどで聴きながら目でおって確認するのに要する時間は、1単語で1秒くらいでしょうか。
調子の良いときや、もともと早い人は、1秒に2語位はできるかもしれません。

まぁ、スペリングの正誤もざっと目で追って確認するものとして、1語の確認に2秒使うものとしましょう。

(聞くほうも、それくらいの時間間隔でチェックしていけると思います。教材に付属するCDなどは、比較的単語と単語の間のポーズをゆったりとっているものも多いですよね。
ただ学習者はなにもそのペースにあわせる必要もないわけで、倍速にしたり、iPod等に入っている場合は、指押しで次々と早送りしていけばよいわけです。)

そうすると1分で30語、30分で900語。

しかし、休憩もとりたいでしょうから、実効性をその8掛けとして、700語前後の英単語を確認することができる計算がたちます。

ところが、ここに、スペリングを書いてチェックする、というプロセスをはさみこむとどうなるか。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月20日

(2)英単語を大量におぼえるために

英単語をおぼえるために、現在は「読む」「聴く」のもっぱら二つしかやっていない理由ですが。

これはなんといっても「書いて」「話す(発音する)」ことをやっていると、時間がかかってしょうがないから。
これに尽きます。

それならば、速読・速聴を心がけることにして、可能な限り大量の単語をおぼえるほうに時間を回そう。
ある時からそのように考え、もっぱらその方法論で、今日に至っているわけです。

(あ、念のため書いておきます。言うまでもなく、英語習得に関する方法論は数え切れないほどありますので、ワタクシが現在この日記に書いているやり方が皆さんにとって最善だと主張するつもりは毛頭ありません。
あくまで、ワタクシが個人的にとっている一方法ということで、お読みいただければと思います。

世の中には、ワタクシや皆さんのやり方と真逆の方法論を主張し、これこそ英語習得の決定版!などと、宣伝しているヒトたちもたくさんおりますので、安易に他人のやり方を全面的に取り入れるのはやめておきましょう(笑)。)

英単語をおぼえる一番最初の段階だけは、多少時間をつかってしまうのは、仕方がありません。

ラインマーカーを引いたり、アクセントの箇所にマルをつけたり、関連語を鉛筆で横に書き込んだり、初回はどうしても時間をとられてしまいますよね。

問題はその後、おぼえた単語の復習をしながら、短期記憶を長期記憶に移し変えていくプロセスに費やす時間です。

この時に、前回書きました理想的な「読んで」「聴いて」「話して(発音して)」「書く」の4プロセスを馬鹿正直に繰り返しておりますと、確実性は高まりますが、一日におぼえられる個数は限られたものになります。

大体、CDを何回も巻き戻して発音をチェックしながら丁寧に書き取り練習なんかしていると、どうしても疲れて量をこなせなくなります(少なくとも、ワタクシは結構すぐに疲れ飽きてしまいました)。

学習を長く続けるためには、疲れないやり方を考えていくことが、結構大事なことだと思います。

たとえ英語の学習が好きでも、好きなことだったらいつまでも飽きずに続けられる、というわけでもありませんからね。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月19日

(1)英単語を大量におぼえるために

久々に、英単語について、また書いてみたいと思います。

英単語をおぼえることにおいては、ワタクシのみならず、皆さんそれぞれに苦労されていることと思いますし、自分なりの方法論も、たぶんお持ちですよね。

また、以前(2)英単語との格闘のところで書いたように、色々な記憶法なるものも、それなりに確立されています。

一般的に、英単語記憶の「王道」として言われているのは、なるべく「自分の五感(といっても、全感覚を使うわけではないですけどね)を総動員しておぼえるやり方」ですね。そのほうが、より長期記憶として残るということで。

つまりは、「読んで」「聴いて」「話して(発音して)」「書く」という4つのプロセスを、すべて踏んでおぼえよう、ということですね。

これは、感覚的にもそのとおりと実感できますし、一番よい方法だとも思います。

ひとつひとつの単語において、この4プロセスをきちんと充分に積むことが、最も血肉となってアナタの脳裏に残ることでしょう。


しかし、それでは話がここで終わってしまいますので(笑)、ちょっと別の角度から見ていきたいと思います。

ワタクシも、昔(もう、相当な昔ですが…)は、きちんとこの4プロセスを真面目に踏んで、英単語をおぼえにかかっておりました。

当時は、薄暗いアパートの一室で、カセットテープレコーダーをキュルキュルと音をたてて巻き戻しながら(レトロだ!)何度も発音を聴き、自分で繰り返し発音しながら、ミミズが車に轢かれたような筆跡で、律儀にノートに書きつけておぼえていったものです。

で、そこから十数年(いや…数十年かも)たった今では、英単語をおぼえるときにはもう「読む」「聴く」の二つしかやっていない、といっても過言ではありません。

「話して(発音して)」については、時々というかたまに、「書く」に至っては、気の向いたときに難しそうなスペリングのものだけ1、2回程度サラサラメモってみる、という程度となっております。

なぜ、こんな風なやり方になってしまったのか、については、明日、続きを書きます。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月18日

(5)英文は速読するに限る。

昨日、英文の速読にはもうひとつポイントがある、といって話を終えておきながら、またひとつ大事なことを思い出して、あわてて追加するワタクシ。どうぞお許しを。

といっても、英文の速読自体については、昨日まで書いたところまでで、大体ポイントはあげたつもりです。

今日の日記で強調しておきたいのは、「並行して、ぜひ日本語の速読の練習もしましょう」と、いうことなのです。

母国語である日本語が速く読めなくて、外国語である英語だけが猛スピードで読めるようになる、ということは、原理的にあり得ないわけでありまして。

「自分は日本語の文章を読むのがさほど速くない、いや遅いほうかも…。」とお心当たりのある方は、先に日本語の速読の練習をすることを、考えてみてください。

日本語と英語は言語学的には全く異なる体系ではありますが、「文章の塊からすばやくその意味するところ、大意をつかみ取る」というノウハウ的な部分においては、共通するところ大というか、同じではないのか?と、ワタクシは最近、実感している次第です。

英語は文章の冒頭に結論がきて、日本語はどうしても最後に結論が登場しがちだ、といった構成上の差異などは確かにあるのですが、まとまったボリュームの文章から必要な部分だけを高速で抜き出し、結論がどこにあるかをサーチするという、頭の中で高速で行うプロセスは共通しているはずです。

さらに大事なのは…。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月17日

(4)英文は速読するに限る。

英文の速読は、とにかく心の中で「速く!速く!」といいきかせながら読むことだけでよい、と昨日書きましたが、実はポイントがもうひとつあります。

それは、「新聞の特集記事でもエッセイでも旅行記でも、ひとまとまり完結したところまで読み終わるまでは、とにかく辞書を引かないこと!」です。

辞書を引くと、頭の中のエンジンがせっかく高速回転し始めたところで、いきなり逆方向にブレーキをかけようとするようなものです。

辞書を引かないまま読み終えると、なんとなく6割とか7割しか理解できていないという自覚が、ありありと自分の中に、残りますよね。

それでいいのです。完璧主義はイケマセン。

それよりは、量をこなすことを考えたほうがよいです。
なるべく色々なジャンルの英文を、速くたくさん読むようにする。

そう、日本語で新聞記事を読む時のことを、イメージしてみてください。
忙しい朝なんか、最初のパラグラフと、あと目に付いたところを数箇所拾って、細かいディテールは放置でしょ。

「日本語は読めばわかるが読まないだけ、英語は違うんだよ」、と思われますか?
でも、どちらもろくに頭の中に残っていないという点では(笑)、結果は一緒だと思うんですがね。

こういう類の速読の練習を長期間続けていると、いったい何が起きるか。

それは…

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月16日

(3)英文は速読するに限る。

それでは、英文を速読するやり方です。

速読は、専門の速読教室(しかも英語ですからね)に行って、というほどのこともなく、いくつかのコツを押さえておけば、自宅で気軽にできますよ。

まず、何を読むか?を、決めないといけませんね。

まぁ、自分の現在の英文読解力と興味に応じて決めていけばいい、とは思うんですが。

あんまり古くさい英語とか、自分が極端に背景知識を持っていない分野、またあんまりひねくり回した言い回しの多いもの、逆にやさしすぎて練習効果が薄そうなもの。
こういったものだけを、とりあえず、遠ざけておけばよいでしょうね。

自分の知らない単語が思ったよりちょっと多くて、読むときに多少つっかかるかな…、くらいの印象を持つ文章が、よいと思います。

そういう意味では、どちらかといえばジャンル的には、長編小説などは後回しにしたほうがよいかもしれませんね。
あまり細かい描写を読み飛ばしてしまうと、ストーリーの骨子がわかったとしてもなんとなくフラストレーションを感じるでしょうし、日英問わず、小説は、どちらかというと速読しないほうがよい類のものでしょうからね。

ではいよいよ速読開始、となった時の注意点を。

ほんの、二・三点程度です。 まず・・・

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月15日

(2)英文は速読するに限る。

英文を速読することの効用は色々ありますが、一言でいうと「通常以上のスピードで読むという負荷をかけることで、脳の処理速度が速くなる」ことでしょうか。

そしていったん脳がスピード慣れしてしまうと、普通の速さで読むときに、脳内の処理回路にすっかり余裕ができてしまって、文章を追って意味をとる以外に、頭の中に生まれた「ノリシロ部分」を使って、ほかのいろいろなことに思いをめぐらせることができるようになってくるのです。

この速読による副産物として手に入れた「ノリシロ部分」の効用には、ことのほか大きなものがあります。

つまり、それまでは意味がとれても、その文章が織り成す体系が、頭の中で全くイメージできていなかったのに、このノリシロ部分が作動することによって、全体像を把握するのみならず、それに対する自分の意見や思いを巡らす「精神的余裕」というヤツが、生まれてくるわけです。

言い換えれば、本当の意味で文章を味わうことができるようになってくる、のです。

別に英語でなく、日本語でもよいのですが、今の自分の読解力を大きく超えるような文章を読んだときに、目で字面を追うことで、日本語として書かれている一文一文は一応わかるけれども、結局はトータルで何を言いたかったのか?という、「メッセージが、さっぱり頭の中にイメージできない」ご経験はありませんでしょうか。

あれは、たとえ普段から使っている日本語であっても、難解な文章の表面上の字面を解読する作業に脳が酷使されていて、ノリシロの部分がない状態になっているからではないか、と思うのです。

英語を速読する練習を重ねることで、この頭の中に「ノリシロ部分」を作る作業が、だんだんと容易になってくるわけです。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月14日

(1)英文は速読するに限る。

英会話についての話題が比較的多いこのブログでありますが、本日は、リーディングについて書いてみたいと思います。

やれ英会話が何年勉強してもうまくならんとか、これだけやっているのに国際的な英語力は上から数えて数十番目だとか、散々な言われようの我が日本国民の英語力、でありますが。

ことリーディングに関しては、国際的水準に比して遜色ないというか、むしろかなりいい方なんでないの?と個人的には思っているのですが、いかがなものでしょうか。
統計とかを調べたわけではないんで、あくまでも感覚的なものなのですが。

だって中学・高校あたりでは、受験対策として、まず日常会話ではお目にかからないような難しい単語を、しこたま詰め込むのが普通ですし、数年間ですんごい分量の英文を読んでる(または読まされている)はずですからねぇ。

受験勉強に象徴されるように、締切を設定され合否のプレッシャーをぐいぐいかけられると、それこそ火事場の馬鹿力が働くのか、結構頑張っちゃうのは、人間の性というものでしょうか。

強制力がなければ、どう考えても、横文字の文章を、あんなにたくさん読まなかったよなぁ…と感じる御仁は、少なくとも、ワタクシの同世代には多いはずです。

あれだけの膨大な時間を、リーディングでなくネイティブ教師のもとで英会話に充てていたなら、今頃は英会話がペラペラ…という仮定のハナシは置いといて、そのリーディング、ですが。

ワタクシは断然、「英文を可能な限りの速さで速読する」ことこそが、英語の実力を飛躍的に向上させると考えています。

単語の一語一語をかみしめるようにしてゆっくり読むのは、自由な時間がたぁっぷりとあって、好きな作家の小説を、原書で何日もかけて少しづつ少しづつ、味わって読むような状況下だけでよろし。

忙しい現代、背後から何かに追われているかの如く、目が脳の処理速度を飛び越えて先に先にと進んでしまっているような読み方こそ、ブラッシュアップするべきなのです。続きます。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月13日

マイケル・ケンナの写真集「HOKKAIDO」が欲しい。

本日は、雑談いかせていただきます。

毎日更新と謳いながら、昨日はつい、サボってしまいました・・・。

ワタクシの住む北海道は、3月も半ばのこの時期なのに、もうものすごい豪雪。
特に北日本はすごかったようで、ニュースでもさかんにやってました。

しかしながら、昨日の北海道新聞の朝刊面は、なぜか英国人の写真家 Michael Kennaが社会面のトップ。
彼の写真集「HOKKAIDO」が、米国の専門店でTOP10に25週ランクインしたという記事でして。

フォトグラフには全く疎いワタクシ。違和感から、マイケル・ケンナのサイトを見に行きました。

衝撃。

写真に口があって言葉を発するとしたなら、きっとこういう写真なんじゃないでしょうか。

とりわけこの「HOKKAIDO」は、在住の我々にとっても、あの風景がこんなビジュアルとして存在し得る、ということそれ自体が、ショックです。

例えば雪山や冬の湖面などが、暖かい光に照らされた観光パンフレットの写真と同じ構図なのに、こうまで違った清冽で厳しい表情を見せ得ることに、不覚にも長年,、気がつきませんでした。

単なるモノクロームの写真とも、なにかが明らかに違う。墨絵に近いと言っている方もいますが、個人的には、墨絵の世界ともまた多少違った世界観を感じます。

ボキャブラリーの貧困さに我ながらガッカリしますが、とにかく写真が強烈に肌がざわつくような、メッセージを送ってきます。
写っている一本の木が、今にも話しだしそうなんですよ。

例えば、上のマイケル・ケンナのサイトに掲載されている、たくさんの煙突がモコモコ煙っている英国ラトクリフ発電所の写真なんか、じっとみていると心が不安になるようなザワザワするような、そんな気分になってきませんでしょうか。

生まれてから風景の写真集なんか買ったことはなかったのですが、明日「HOKKAIDO」を買いに行こうかと思ってます。
ちょびっと高いけど、十分その価値がありそうですし。

いやいや、素人の驚きで恐縮ですが、一枚の写真というのは、本当にものすごいパワーを持っているものなんですね。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月11日

(4)「適当・ほどほどな勉強」vs「突き詰めた勉強」

ということで、ワタクシなりの、結論めいたことを書くならば。

「国内では使う機会もそう多くはない英語・英会話の勉強は、普段から全力でやっていては、細部に入り込んでしまったり、学習方法が相手の反応次第で左右される危険もあったりで、大局的な方向感を見失う恐れがある。

第一、いつもそんなに細かい点にきりきりして辞書などを引いていては、とても神経がモタナイ。

しかしながら、本当に実力を何段かレベルアップさせたいならば、身を削るようにして突き詰めて英語を勉強するということを、人生のどの段階かにおいて覚悟して集中的にやらねばならない。

そういう時期を経ずしては、大きな実力的飛躍は望めない。」

と、いった感じになります。

で、かく言うオマエは、それができてんのか?と、いわれそうですが。

ワタクシは、自分のこれまでを振り返ってみても、脳みそがバーンアウトするくらいに英語を突き詰めて勉強した時期がある、とは、今のところは、とても胸をはって言えそうにありません。

とりわけ、ワタクシの場合に限っていえば、「ライティング」と「ボキャビル」。
この二つに集中し、ある時期徹底的に自分をいじめぬく位に勉強することを、自らの英語学習において、どうしても成すべきことのひとつと考えているところです。

同時に、「ま、問題は、いつ実行するかだわな・・・」と、思っておりますが。
ひとつのことに集中するということは、ほかの諸々のことについては、ほとんど放り出すというのに等しいですからね。

いい年になってしまうと、なかなか難しいんですよ、これが。
会社を辞めて社会人大学に通ったり、MBAをとりに海外に行ったりするヒトは、きっとこんな気持ちを抑えきれなくなった末のことなんでしょうねぇ。

なかなかいつ自分にGOサインを出すかの覚悟もつきませんが、あまりのんきに構えてると、あっという間に5年くらい経ってしまいそうですので。

いやいや、ホントにオトナの毎日というものは、あっという間に過ぎ去っていくものですね・・・

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月10日

(3)「適当・ほどほどな勉強」vs「突き詰めた勉強」

8日の日記で書いた「ゲシュタルトの祈り」については、色々読んでいますと、肯定する反応ばかりでもないようでして。

「社会への関わりを自ら謝絶し、他人への無関心を強める考え方だ」といった類の批判もあるようですね。

確かに、この詩の発想を英語学習に引きなおしたなら、「あなたはあなた、私は私」などといってばかりでは、「自分がやりたくなきゃ何もしなくてよい、そんなのワタシの勝手」ということで、話が終わってしまいます。

前回、完璧主義には弊害が多いということで、「適当・ほどほど」に長くやるということが大事だ、ということを、確かに書きました。

しかしながら、全く逆のことを言うようですけれども。

英語・英会話学習においては、いつまでも頭と精神にあまり負担がかからない「適当・ほどほど」だけでは、伸びが止まる時がいつかくるように思えます。

どこかの段階で覚悟して、もう勘弁してと悲鳴をあげたくなるくらい、気持ちが悪くなるくらいに、集中して勉強をする時を、人生の一期間において持つべきではないだろうか。

実はそんなことを、最近はヒシヒシと、自身の問題として、感じている次第であります。

そういうことをしないと、自分の英語力はここどまりで終わってしまうのではないか、と。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年03月09日

(2)「適当・ほどほどな勉強」vs「突き詰めた勉強」

よく、「勉強は誰のためでもない、自分のためにやる」という言い方をしますが、この言葉の裏側には、「誰かに認められることをはげみとして自分がやる」、または「自分の勉強が最終的になんらかの形で社会とつながっている」無意識の意味合いが、はりついているように思われます。

人は本当の意味で、「自分だけのために」勉強をできるものではないんじゃないでしょうか?

ただ、相手を意識しすぎると、今度は英会話ひとつにしたって「流暢な英語で、自分の意思を完全に伝えられるように頑張って勉強しないと」と、だんだん他人の目線が気になりだし、肩に力が入ってくるようになります。

英語学習でこれが過度に進行すると、発音のわずかな違いや英単語の使い方、冠詞の使い方など、細かい部分へとついつい、目がいきがちになります。

その先に待っているのは、「自分の不安をすべてつぶさないと、口から英語がでてこない」という、悪しき完璧主義ではないでしょうか。

昨日の「ゲシュタルトの祈り」の詩にあるとおり、「あなたは私の期待に沿うためにこの世にいるのではない」のですから、アナタが自分自身に期待するレベルの英語をしゃべるのをきくために、目の前の話し相手が存在するわけではありません。

目の前にいる彼ないし彼女は、アナタとなんらかの意思疎通をはかるためにいるのであって、アナタの英語の流暢さをほめそやすためにいるわけではないのだ、ということを、まずは確認しておきたいところです。

そういう意味で、完璧主義のくびきから放たれた、「適当・ほどほどな勉強」を、止めずに長く続けることの効用を、あえて強調しておきたいと思うわけです。


英語・英会話 上達そこツボ!日記