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      <title>英語・英会話 上達そこツボ！日記</title>
      <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/</link>
      <description>英語と英会話を一人でコツコツがんばるアナタへの、ちょっとしたアドバイスと経験談。初心者やTOEICスコアアップをめざす方に、上達のための独学のコツを語ります。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 01 Jul 2008 11:07:37 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>英語・英会話、非効率な人のほうがうまくなるのか？オススメ本。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    しばらくぶりに、本日はおすすめ本のご紹介です。<br />
    <br />
    ただし今回ご紹介するのは、英語・英会話のテクニカルな上達本ではありません。<br />
    <br />
    ありませんが、前々回の <a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/06/post_206.html" target="_blank">英語・英会話力アップに向けた当ブログのメッセージ、結局このひとつだけ。</a> でも触れた「成果を出すための時間管理」について、ワレながら未消化な説明だ…と思っていたことについて、実にうまく説明してくれていると思いましたので、ご紹介します。<br />
    <br />
    <br />
    <a title="" href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%80%8C%E5%8A%B9%E7%8E%87%E3%80%8D%E3%82%92%E7%84%A1%E8%A6%96%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E2%80%95%E9%80%86%E8%BB%A2%E7%99%BA%E6%83%B3%E3%81%AE%E6%99%82%E9%96%93%E8%A1%93-%E5%A4%8F%E5%B7%9D-%E8%B3%80%E5%A4%AE/dp/4757214987/ref=sr_1_1?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1214877358&amp;sr=1-1" rel="nofollow"  target="_blank">なぜ仕事ができる人は「効率」を無視するのか？ 逆転発想の時間術</a> （夏川賀央&nbsp; 著、 アスペクト、&nbsp;1,429円）<br />
    <br />
    <br />
    オモムキとしては、ビジネス本・仕事の時間管理術に属するものですが、なに、「仕事（の成果）」という箇所を、「英語・英会話（の上達）」にコトバを置き換えて、読んでいけばヨイだけの話です。<br />
    <br />
    それにオフィスで働いている方々ならば、仕事論・時間管理術も兼ねてますので、一石二鳥でしょう。<br />
    ランチ1～2回分のお金でこういう発想を学べるのなら、ワタクシなら、お昼ゴハンをスキップするほうをオススメしますね。<br />
    <br />
    <br />
    この本を読んであらためて思ったことでもありますが、<font color="#FF0000"><strong>英語・英会話の上達を志すのならば、英語・英会話の世界だけに集中していちゃダメ</strong></font>です。<br />
    <br />
    もっと言うなら、英語・英会話がうまくなることだけを考えていると、どうしても細かな技術論に目がいきがちになる。<br />
    <br />
    たとえば、PleaseよりはCould I ask you to～のほうが、よりテイネイな表現だよとか、<font color="#FF0000">より細かいほう細かいほうに気持ちがどんどんと入り込んでしまって、そのうちに精神的な面での「ノリシロ」、余裕が無くなってくる</font>わけです。<br />
    <br />
    <br />
    確かに、英単語やパターン表現を大量に詰め込むこと・一時期集中的に技術面を磨くことそのものは非常に大事ですし、学習のプロセスで避けて通れないことです。<br />
    言葉を学ぶんだもの、決して細かいことをやるなといっているわけではアリマセン。<br />
    <br />
    ただ、問題なのは「そんな細かな世界からうまく遠ざかることができるか、そしてその後また必要に応じて、うまく戻ってくることができるか」という、いわば<font color="#FF0000"><strong>”つかず離れず”の技術を身につけられるかどうか</strong></font>、ということ。<br />
    <br />
    フツーに英会話学校なんかに通っていたんじゃ、そんなことについては誰も、まず絶対に教えてくれません。<br />
    <br />
    自分でこういう本を読みながら、考えていくしかないのです。<br />
    <br />
    <br />
    この本はビジネス版「無用の用」のお話、といった感がありますが、本を読んでいると、「ムダ」という単語がひんぱんに出てきます。<br />
    <br />
    ただ、なんでもひとくくりに同じ「ムダ」という単語で呼んじゃいけないんだろうな…とも思いました。<br />
    <br />
    <br />
    たぶん本当の意味で「時間のムダ」に過ぎないものと、一見そう思えて「ムダ」ではないものがある。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>同じ「ムダ」という言葉で呼んでいるわけですが、本質の異なるそのふたつをより分ける術をマスターするのが、われわれフツーの人にとっては難しい</strong></font>ことなのでしょう。<br />
    <br />
    <br />
    筆者は<font color="#FF0000"><strong>「おそらくみんな、時間を大切にしすぎているのです。」</strong></font>と言います。<br />
    <br />
    そして「『その時間がなんの意味ももっていないこと』をひどく嫌」う結果、時間を何かで縛って「効率化」に走るのがわたしたちだ、と述べています。<br />
    <br />
    「効率」とは「リターンの大きさ」を考えることからでる発想だが、最初の時点でリターンの大きさを考えることにどれほどの意味があるのか、またリターンを顧みずにやる投資が本当に非効率なのか、とも問いかけています。<br />
    <br />
    <br />
    英語・英会話の学習だって、まったく同じことが言える…と思うわけです。<br />
    <br />
    「三ヶ月後に英語がペラペラになる画期的方法！」的アプローチにどうしても引かれてしまう（笑）人は、読んでおいて損のない一冊だと思いますよ。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/07/post_207.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/07/post_207.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英語・英会話オススメ本</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Jul 2008 11:07:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話の勉強、得意分野をつくることの「デメリット」も意識する。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    英語・英会話に限った話ではありませんが、語学の学習や習いごとなどを始めるときに、「<font color="#FF0000">まず得意な分野をひとつ作って、そこで自信をつけてから次に拡げていこう」的なアプローチ</font>がありますよね。<br />
    <br />
    たとえば、英会話をはじめたばかりの会社員が、「オフィス英語」「ビジネス英会話」だけに絞って、一生懸命に勉強するような。<br />
    <br />
    あるいは、英文科の学生が原書で小説を読み、ひたすら読後レポートを書くことに専念するような。<br />
    <br />
    はたまた、TOEICで前回以上の高いスコアを出すことを目標に、ひたすらTOEICの問題集を解きまくり、模擬試験も受けまくるような。<br />
    <br />
    そんな感じで、<font color="#FF0000"><strong>「ある一定の年月なり期間なり、そればっかりを集中してやる」という学習スタイル</strong></font>があるわけです。<br />
    <br />
    <br />
    ある一定の限られたフィールドで、同じような表現やパターンに何度も出くわしながら集中的に学ぶことによって、<font color="#FF0000">脳もカラダもだんだんとその状態に慣れてくると同時に、やがてそれが「得意分野」へと成長し自信がつく。<br /></font><br />
    かりに知らない単語や表現が出てきたとしても、得意分野の範囲内でのことならば、ある程度は心の余裕をもって対処できるようにもなる。<br />
    <br />
    このような「心理的プラス効果」も見込めるためか、「英語・英会話ビギナーは、まずは得意なジャンルを一つや二つは作ろう！」というやり方を勧める学習本や教材を、わりとよく見かけるように思います。<br />
    <br />
    <br />
    ま、これはこれで、初心者向けの学習アプローチとしては、なんら間違っていません。<br />
    なんであれ、自信が持てる分野があること自体は、よいことです。<br />
    <br />
    ちょっとずつ色々とかじってはみたものの、自信が持てそうなことが何もないまま時間だけがすぎ、そのうち勉強がイヤになって、すっかり遠ざかってしまった…というよりは、そりゃはるかに有益でしょう。<br />
    <br />
    <br />
    ただワタクシが思うには、<font color="#FF0000"><strong>「ある程度自信が持てる得意分野をつくりあげた、その後」の扱い方がなかなかやっかいだ</strong></font>、ということです…。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/06/post_205.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/06/post_205.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Jun 2008 09:31:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話力アップに向けた当ブログのメッセージ、結局このひとつだけ。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    この「そこツボ！」日記、英語・英会話の学習者に少しでもお役に立ちそうな小ネタを記そう…という思いで、<a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/2006/12/post.html" target="_blank">およそ1年半前にスタート</a>したのですが。<br />
    <br />
    しかしそろそろ、<font color="#FF0000">「どのようなテーマですでに書いていて、どのネタはまだ書いていないのか」</font>ということが、書いている当の本人もわからなくなりつつあります（笑）。<br />
    <br />
    <a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/archives.html" target="_blank">バックナンバー</a>を丹念に読み返せばよいのでしょうが、それもちょっとツライ分量になってきました。<br />
    <br />
    ま、<font color="#FF0000">同じようなことをかたちを変えて、何度でもしつこく書く</font>…というのも、いま学んでいる立場の人にとって、それはそれなりに有用な気もします。<br />
    <br />
    別に書く前の言い訳を、前フリで述べているわけでは…あります（笑）。<br />
    <br />
    <br />
    実際、英語・英会話に限らず外国語を身につけるためには、<font color="#FF0000"><strong>細かなテクニックをたくさん知っていればいるほどうまくなる、というよりは、シンプルないくつかの原則（自分なりのルール、ですかね）にそって、ただコツコツとこなしていく</strong></font>ほうがオススメ。あるときはルーティンで、あるときは気のおもむくまま、自分なりに学習の変化をつけながら。<br />
    <br />
    半年でマスター！とリキむよりは、そっちのほうが最終的にはやっぱりうまくなる、と思いますね。<br />
    <br />
    <br />
    そして、<font color="#FF0000"><strong>自分の味方につけるべきものはただひとつ、「時間」</strong></font>です。<br />
    <br />
    うまくなりたければ、絶対に欠かせない、別の言い方をすれば<font color="#FF0000">これさえあれば、他に障害があろうと最終的には目的を果たせる、英語・英会話力上達のための超強力な武器。<br /></font><br />
    <font color="#FF0000"><strong>それが「時間」。</strong></font><br />
    <br />
    <br />
    このことさえわかっていれば、あとは枝葉末節の問題…とまでは言いませんけど、少なくとも致命的に重要な問題にはならないですよ。<br />
    <br />
    語学の話に限らないかもしれませんが、理屈のうえでは<font color="#FF0000">仮にたっぷりとした時間があるならば、何が学習における「近道」で何が「回り道」ということは、問題にはならないはず</font>ですよね。<br />
    <br />
    考える順番が逆のヒトが多いんですよ。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>「時間がないし、３ヶ月で英会話が話せるようになる方法は何かないかな」じゃなくて、「英会話が話せるようになるための時間を、忙しい中でどうやってつくっていこうか」というところから考えを組み立てていく</strong></font>ほうが、真っ当だと思うわけです。<br />
    <br />
    <br />
    外国語を身につけたいのなら、本質的に必要なものは、<font color="#FF0000"><strong>「いつか必ずうまくなりたい、という思い」と「時間管理」の方法論だけ</strong></font>だ…というのが、長いこと英語・英会話の勉強をしてきているワタクシなりの結論というか、ひとつの確信です。<br />
    <br />
    このブログは、それを手を替え品を替え、あちこちの方向からメッセージしているだけに過ぎないのかもしれません。<br />
    <br />
    <br />
    ワタクシ、世間であふれている時間管理術のように、5分10分もムダにしないで有効活用…というキツキツのやり方が、性格的にもダメなのですが。<br />
    <br />
    ただそれでも、いつもいつも口を半開きにしてボーッと時間をつぶしているよりは、「ちょっと空いている時間ができたから、ネットで英語のサイトでもサーフしよう。このDVDはあらすじをもう知っているから、字幕無しで見てみよう」程度には、英語・英会話を日々の時間のなかで意識しているほうが、そのぶん確実にうまくなっていくことは確かだ、と思うのです…。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/06/post_206.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/06/post_206.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:31:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>洋画DVDで英語を学ぶなら、特典の「監督音声解説」を聴こう。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    英語・英会話の勉強をかねて、<font color="#FF0000"><strong>洋画のDVDをsubtitle（字幕）無しモードにして</strong></font>見ている方、たくさんいますよね。<br />
    <br />
    <br />
    ワタクシも機会があればやるようにしてますが、見ている途中で聴き取れなかったセリフがいくつか積み重なってくると、どうしても気になってしまって、その後のストーリー展開を追うのにも、いまひとつ身が入らなくなってしまいがちです。<br />
    <br />
    で、結局ガマンできなくなってモードを元に戻し、英語や日本語の字幕を画面上に復活させて「あぁ、こういう意味か」と確認し、納得したはいいものの。<br />
    <br />
    また字幕ナシモードに戻すのがつい面倒くさくなって、字幕を出したまま最後までそのまま見てしまったりします。<br />
    <br />
    これじゃ、意味ないのですが。<br />
    <br />
    ただワタクシ、DVDレコーダの前で同じような状態に陥っている学習者の方は、きっと全国にたくさんいるはず…ともにらんでいるのですが（笑）。<br />
    <br />
    <br />
    ま、それはともかく、この週末は<a title="" href="http://www.universalpictures.jp/sp/bourne_u/"  rel="nofollow" target="_blank">「The Bourne Ultimatum」</a>をレンタルしてきました。<br />
    <br />
    映画館でも見たんですが、細かいところをもう一度見たくなりまして。<br />
    <br />
    <br />
    この作品、ご存知のとおり、人間離れした強さのボーンを演じるマット・ディモンが、追ったり追われたりで世界中をかけめぐる、シリーズ三部作のラストです。<br />
    <br />
    で、字幕を出したりひっこめたりしながら本編を見ていたんですが、ふとBONUS(特典）についていた<font color="#FF0000"><strong>Feature Commentary with Director Paul Greengrass</strong></font>（ポール・グリーングラス監督による音声解説）に目がとまって。<br />
    <br />
    <br />
    日本語字幕を出して見るともなく見ていたら、これが面白かったんですわ。<br />
    <br />
    面白いというのは、コンテンツとしてはモチロンのこと、英語のリスニング・英語表現チェックのための「教材」としても、です。<br />
    <br />
    正直なところ、映画本編の俳優のセリフを追うよりも興味ぶかく、監督の話しぶりを追うことができました。<br />
    <br />
    <br />
    これは個人的には、意外な発見でした。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>英語学習という意味では、「監督のコメンタリー」が侮れないというか、本編を聴くよりもむしろ効果的なのでは？</strong></font>とすら、思ったことがです。<br />
    <br />
    <br />
    「なぜだろう？」と、考えてみたんですが。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/dvd.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/dvd.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 May 2008 09:49:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話学習、進歩が自覚できなくて悩んでいるときの過ごし方（２）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    <a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/post_202.html" target="_blank">前回</a>は五月病にかこつけて、誰にも訪れる「英語・英会話の学習にダレてきて、新鮮な感動が薄れてくるときの状態」について書きましたが、もう少しその続きを考えてみたいと思います。<br />
    <br />
    なにも英語・英会話に限ったことではないのですが、つらつら考えるに、<strong><font color="#FF0000">「はじめて接した時の新鮮な感動」というヤツを原動力・スタート地点にして、ひとつの物事を長く続けようとするのは、おそらく根本から間違っています</font></strong>よね。<br />
    <br />
    <br />
    「はじめて××した時の感動を、忘れないようにしよう」といった類の文章は広告そのほかあちこちで見かけますが、後でこの「最初のときの感動」がどうだったかを思い出そうとしても、少なくともワタクシの場合は、あまりうまくいかないのですね。<br />
    <br />
    たいていの場合思い出せるのは、「あの時は最初だったし、感動したよなぁ」という「感動したという事実」だけで、その時にどんな思いを抱いて、どれくらい感動したのかという「具体的な感動の内容」については、忘れてしまってどうにも思い出せない…ってことが、結構多いです。<br />
    <br />
    かりにその時の感覚をよみがえらせることができたとしても、当時の新鮮な思いと今の追憶が、質感として同じなはずもないですし。<br />
    <br />
    <br />
    冷蔵庫で賞味期限が切れた生鮮食品を偶然見つけ、その匂いをかいでみて「あぁ、そうそう、コレこんな匂いだった」って、思い出すのに似ているんじゃないですかね。<br />
    匂いのほとんどが飛んじゃっていて、わずかな残り香（笑）によってね。<br />
    <br />
    <br />
    英会話学校なんかは、入学式とか入社式のシーズンにあわせてここぞとばかり「思い立った今がはじめるチャンス！」と売り込んできますが、こう考えてみると、<font color="#FF0000"><strong>「思い立ったその時に、勢いで新しい物事をはじめる」というのは、むしろ避けたほうがよい</strong></font>、と言いたいですね。<br />
    <br />
    広告戦略で「ステーキを売らず、sizzleを売れ」というのがありますが、購買欲をあおる側はそれでいいとしても、<font color="#FF0000">買う側としてはsizzleを必要以上に重んじないようにする、ステーキそのものとsizzleを完全に同列に扱い同じ目線でみていく、という冷徹さが必要</font>です。<br />
    <br />
    <br />
    「たった一ヶ月で英語がペラペラに！」的な広告コピーも、このsizzleを売り込んでいるわけですが、<font color="#FF0000"><strong>仮に百歩譲って「一ヵ月後にペラペラになったとしても、その後どうなるのか、どう変化していくのか？半年後は？３年後は？」</strong></font>については、売るほうも知らん顔だし、買うほうも思考を閉じてしまう…といった感がありますからね。<br />
    <br />
    <br />
    え、「そんな先のこと、わかるわけない」って？<br />
    <br />
    じゃ、「一ヵ月後の英語ペラペラ状態」だって先のことなのに、そっちだけは（笑）なぜそんなに期待するんですか？<br />
    近い将来なら、確信が持てるんでしょうか？<br />
    <br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>英語・英会話に対する最初の新鮮な思いがいつか薄れ、毎日ごはんを食べて会社に向かうのと変わらない、ひとつのルーティンとなる時がいずれ必ずくるわけですから、むしろその時にどうするかをじっくり考える。<br /></strong></font><br />
    長い人生、英語・英会話に変わらず接していたいなら、おそらくそのほうが、ベターな判断ができるように思います。<br />
    <br />
    <br />
    で、もうひとつ思うのは…。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/post_204.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/post_204.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 May 2008 13:07:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話学習、進歩が自覚できなくて悩んでいる時の過ごし方（１）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    はやいもので５月ももう、半ばですねぇ。<br />
    <br />
    <br />
    この４月から「英語・英会話がうまくなってやろう！」とスタートした方や、あるいは「心機一転、再チャレンジだ！」とリスタートした方の中にも、「ちょっとダレてきた…」という感覚におちいっているヒトが、結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。<br />
    <br />
    ５月といえば「五月病」だったのですが、最近はあまりこの言葉も、耳にしませんね。<br />
    一年中季節にかかわりなく、どこかしら「調子がでない」とか「やる気がしない」とかいう方が、全国的に増えてきている…ということなのでしょうか。<br />
    <br />
    <br />
    新しいことのやり始めというのは新鮮な気持ちで、何もかもが刺激として、作用しますからね。<br />
    水を吸うスポンジのように、知識を吸収していける点がメリットです。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000">ただ時間が経つにつれ、その状態にはいずれ必ず、慣れてくるわけで。</font><br />
    <br />
    少なくとも「新鮮な驚き」というヤツをテコにして、たとえば英会話のリスニングとか、英単語の暗記とかを続けることは、だんだん難しくなってくる。<br />
    <br />
    <br />
    おぼえるべき内容は毎日違っていても、「ほぼ同じ時刻に机に向かって、いつものテキストをとりだして、昨夜におぼえ切れなかった単語の復習をして…」といった<font color="#FF0000"><strong>一連の動作がルーティン化</strong></font>してしまい、これまでの新鮮な刺激をテコにしていたアナタのやり方に、いわば逆方向から、ブレーキをかけてくるわけですね。<br />
    <br />
    ただ、この段階では、「英語・英会話を身につけたい」というアナタのモチベーションそのものは、まだまだ健在なことが多いはず、なのですね。<br />
    <br />
    「新しいことを学ぶ」という刺激に慣れてしまって、いわば学習効率が落ちかかっているだけで、「英語・英会話を身につけたい」というアナタの思いそのものは、いまだ失われていないわけです。<br />
    <br />
    <br />
    しかし、この状態をずっと続けていると、第二段階として<font color="#FF0000"><strong>「こんなことを続けていて、果たして目に見える成果なんて得られるんだろうか？単なる時間の浪費じゃないのか？」というように、心の内面にムクムクと、英語・英会話の世界に踏み込んでしまった自分の判断を責めたてる「疑念」のようなもの</strong></font>が、必ず湧き出してきます。<br />
    <br />
    <br />
    そしてそのような<font color="#FF0000"><strong>「悪魔のささやき」</strong></font>が、内面でドンドンと、自分の主張を声高に叫ぶようになる。<br />
    <br />
    <br />
    心の中にいるもう一方のアナタの弁護人（笑）は、必死で防戦・反論に努めますが、どうにも立証が弱い。<br />
    <br />
    なぜなら、アナタは英語・英会話の勉強をはじめてまだ日も浅く、「進歩が得られている」という確信を、自分自身にたいしてすら、説明できないからです。<br />
    <br />
    かくして、アナタはあえなく<font color="#FF0000">「敗訴」</font>（笑）…。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/post_202.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/post_202.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 May 2008 11:05:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ＧＷ中はひとつ英語の勉強でも…と奇特にも思っている方に（2008年版）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    ゴールデン・ウィーク真っ盛りになってからこんな記事を書くのがおマヌケだというのは、一応わかってはおりますが。<br />
    <br />
    ま、「久しぶりにまとまったお休みがとれた人が、奇特にも（または予定がないので仕方なく・笑）遊びにもいかず、英語・英会話でもやってみるか…と思ったとき」のためのネタということで、読み流していただければと思います。<br />
    <br />
    ワタクシ同様、ＧＷはどこにも行かず行けずで、ＰＣ画面の前…という同志の皆様に、捧げるコラムであります。<br />
    <br />
    <br />
    さて、一年前のＧＷに書いたエントリー（<a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/2007/04/post_109.html" target="_blank">ＧＷ中はひとつ英語の勉強でも、と奇特にも（笑）思ってる方に。</a>）を読み直してみたところ、このときは手頃な英会話フレーズ集などを一冊新たに買って、連休中にマスターしてみては？というお題で書いていました。<br />
    <br />
    それでもこのＧＷ、最大9日とか10日のまとまったお休みがとれるラッキーな方は、やっぱり旅行、それもどこぞの英語圏にでも旅立って、街中で生きた英語に触れるのが、気持ちもリフレッシュするし、一番いいんでしょうねぇ。<br />
    <br />
    イヤイヤ、カレンダーどおりでせいぜい3、4日程度の休みだし、しばらくぶりに遠ざかっていた英語・英会話のテキストでもまた開いてみるか…という、そんなアナタはちょっと聞いてくださいな。<br />
    <br />
    <br />
    ふだん仕事が忙しく、通勤電車とかカフェとか会社の休み時間とかの、<font color="#FF0000"><strong>いわゆる細切れ時間にしか勉強のチャンスがない人って、持ちなれない（笑）まとまった休みを目のあたりにすると、ついつい「やり残してたまっていた、あるいは手付かずの英語・英会話教材の復習をして、日ごろの遅れを取り戻そうとする」傾向があります</strong></font>よね。<br />
    <br />
    マジメな学習者ほど特にそうです。違いますか？<br />
    <br />
    <br />
    ワタクシが思うに、そのような<font color="#FF0000"><strong>「これまでのたまった遅れを、連休中にがんばって一気に取り戻すぞ！大作戦」は、できればやめたほうががいい</strong></font><font color="#000000">です</font>。<br />
    <br />
    <br />
    その理由は、せっかくの休みなんだから休みなさいよ…ということではモチロンなくて、<strong><font color="#FF0000">「ふだんやっている勉強のコンテンツを、ふだんと違った環境・リズムでおぼえようとすると、なぜか長期記憶として残りにくいから」</font></strong>なのです。<br />
    <br />
    <br />
    英語・英会話に限りませんが、外国語を身につけようとするなら、最後の成否は、「勉強してから長い年月が経ったあとで、自分の中にそれがどれだけ血肉となって残ったか」の総量で決まってきます。<br />
    <br />
    で、日ごろの勉強を通じて、短期記憶から長期記憶への移行作業が頭の中で並行して行われているわけですが、<font color="#FF0000"><strong>普段の学習のリズムと異なった状況において、いつもの学習内容に触れようとしたときに、ワレワレの脳はなぜかその違ったリズムを拒絶してしまう</strong></font>のです。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/2008.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/05/2008.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 03 May 2008 12:10:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>SPARKNOTESで、自分の好きなところだけ、楽しくつまみ読み。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    残念ながら何の番組だったか、タイトルなどは失念してしまったのですが、最近NHKの衛生放送で、アメリカの中高生のインターネット依存が深刻なまでに進んでいる、といった内容のドキュメンタリー番組をやっていまして。<br />
    <br />
    その番組の中で、インターネットで友達とメールやチャットをやったりする時間を少しでも確保したい高校生が、インターネット上のStudy Guide(学習手引)を提供するサイトを見て、ササッと学校の宿題を片づけてしまいがち…といった話が、とりあげられていました。<br />
    <br />
    学校側はたとえば、ShakespeareのRomeo and Julietを、一冊ちゃんと読んでくるように…と指示したのに、宿題をやる学生の側は、このようなサイトでだいたいパパッとあらすじをつかんで、サッサと片づけてしまっていると。<br />
    <br />
    友達とネットをやるので忙しい、サイトでだいだい全体像は正確につかめるからいいでしょう、みんなそうしてるよ…といったような言い訳？を、とある高校生がインタビューでしてましたけどね。<br />
    <br />
    で、その「ネット上の学習手引を提供するサイト」って、そんなにスバラシイのかよ？と思ってメモしておいたのですが、それがこの SPARKNOTES です。<br />
    <br />
    <a title="" href="http://www.sparknotes.com/" target="_blank">SPARKNOTES</a><br />
    <br />
    ま、早い話、学習手引というより、学習内容そのものについて、コンパクトに要点をまとめあげて、ネット上に出してくれているわけで。<br />
    もう、なんというかいたれりつくせりですな。<br />
    <br />
    たとえば文学作品では（いくつかざっと見てもらえるとわかりますが）、作品解説からプロット、登場人物の紹介に加えて、章立てごとのあらすじを結末にいたるまで完全紹介と、フルコースで提供されています。<br />
    <br />
    いわば、<font color="#FF0000"><strong>完全版のネタバレ集</strong></font>ですね。<br />
    <br />
    ここでこれだけ読めてしまうなら、おそらくはよほど気に入った作品でなければ原典にはあたらずに、ワタクシでもたぶんこれだけで済ませてしまうでしょうねぇ。<br />
    <br />
    <br />
    それはともかく、アメリカの高校生向けとはいえ、内容的に文学・歴史・作文・詩・哲学・映画などの中から、興味のあるジャンルを拾い読みしてみるのは、なかなか楽しいものです。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>こんな良質のサイトがあるなら、ワレワレ日本の英語・英会話学習者としても、使わない手はない</strong></font>ですからね。<br />
    <br />
    <br />
    ちなみに調べてみると、やはり似たコンセプトのサイトは、いくつかあるようですよ。<br />
    この <a title="" href="http://www.cliffsnotes.com/WileyCDA/Section/id-305001.html" target="_blank">CliffsNotes</a> &nbsp;なんかもそうです。<br />
    <br />
    <br />
    ちなみにSPARKNOTESはモバイル版もあるから、アメリカの高校生は街中でササッと、ケータイでShakespeareなんかを読めちゃうわけだ。<br />
    <br />
    自分が高校生のときだった頃を思い返して、もうあまりのインフラの差にガクゼンとしちゃいますね。<br />
    ま、時代が違うといえば、それまでですが…。<br />
    <br />
    <br />
    でも映画なんか、完全ネタバレですけどねぇ。<br />
    <br />
    マトリックスとかロード・オブ・ザ・リングとか、比較的最近の作品もあるのに、結末までバラしちゃっていいのかな…とは思いますが。<br />
    <br />
    <br />
    ワタクシ個人としては、じつは西洋史、とくに中世～産業革命あたりまでの話を、いろいろとつまみ読みすることに、最近ハマっておりまして。<br />
    <br />
    ですので、SPARKNOTESのHistoryで、該当する年代のあたりを斜め読みするのは、結構楽しかったですよ。<br />
    <br />
    <br />
    皆さんもアメリカの高校生になった気分で、オンラインでのお勉強を、つまみ食いモードで…おひとついかがでしょうか？<br />
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/sparknotes.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/sparknotes.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">学習ツール・学習環境</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 Apr 2008 22:57:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>長寿医療制度のゴタゴタから学んだ、英語・英会話学習のひとつの本質</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    本日は、この4月からスタートした長寿医療制度（後期高齢者医療制度）の話題を、前フリにします。<br />
    <br />
    話の枕としてはちょっと長めですが、最後は<font color="#FF0000"><strong>英語・英会話の話</strong></font>でうまいことまとめますので、どうぞご勘弁を（笑）。<br />
    <br />
    <br />
    新聞やテレビのニュースで皆さんもご存知のとおり、75歳以上の方を対象にした、この新しい医療制度。<br />
    <br />
    すでに始まったにもかかわらず、新制度のことをまったく知らなかったり、到着した新保険証を間違って捨ててしまったりするお年寄りが、全国的にずいぶんたくさんいるようですね。<br />
    <br />
    いまごろになって、「この保険証は何だ」とか、「年金が減るのは困る」とかいった苦情とともに、新制度についての問い合わせが、市町村窓口などに殺到している…とのことです。<br />
    <br />
    「これまでの国の告知やＰＲが不徹底だった」と、非難を浴びっぱなしの行政サイドは、制度の名称を変えてみたり、新保険証がなくても医療費の窓口負担が変わらないようにするなど、そのフォローに大わらわ…といった感がありますね。<br />
    <br />
    <br />
    この新制度の良し悪しは別として、実はワタクシ、この点でちょっと不思議に思っておりました。<br />
    <br />
    「甘い」と言われるかもしれませんが、この制度の事前ＰＲについては、自治体（市町村）としては、まぁまぁよくやっていたんじゃないの？と、思っていたのですよ。<br />
    <br />
    それにもかかわらず、知らないヒトがまだこんなにいるのか…と。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/post_203.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/post_203.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 13 Apr 2008 00:28:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>一人の、「個」の力って偉大。英語・英会話くらい、なんでもないかも。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    さわやかな4月の一発目からナンですが、今回は雑談です。<br />
    <br />
    たまたま見ていたサイトでこんな記事を発見し、不覚にもちょっと感動してしまいましたので、英語・英会話の習得に励む皆さんにもおすそわけしたいと。<br />
    <br />
    ま、見てください。<br />
    <br />
    <br />
    <a title="" href="http://labaq.com/archives/50951872.html" rel="nofollow"  target="_blank">らばQ　一人で作り上げたという尋常ならざる5人の鬼才・天才建築家</a><br />
    <br />
    <br />
    どうです。スゴイと思いません？<br />
    <br />
    それぞれ一人でやった仕事だそうですよ、たった一人の！<br />
    <br />
    <br />
    特に最初のシュヴァルさんの話には、ちょっとマイった。<br />
    <br />
    記事によれば、完成まで一万日以上かかって…って、ざっと27年ちょっと（笑）。<br />
    建築もデザインも自分で建てながら学んでいき、独りでコツコツつくりあげたって、ホントかよ…って思いますが、実際にモノがあるんだから、本当なんでしょう。<br />
    <br />
    マルティネスさんの大聖堂も、ひとりで造ったというのがにわかには信じがたいスケールですが。<br />
    <br />
    <br />
    記事の表題こそ「天才・鬼才」と打っていますが、恐るべきは建築の技術というよりも、彼らの「<font color="#FF0000"><strong>時間に対する観念</strong></font>」じゃないでしょうか。<br />
    <br />
    ひとつのことに人生の数十年を注ぎ込み、最終的にこのようなかたちを造りあげてしまうにいたる<font color="#FF0000"><strong>念の純粋さ</strong></font>が、なんと言ってもスゴイ。<br />
    <br />
    途中で、悩んだりしなかったのでしょうか。<br />
    天災にあったり、誰かに破壊されたらどうしようと、オノノいたりはしなかったのでしょうか。<br />
    <br />
    <br />
    それにしても、たった一人でもこれだけのことができるんだ…って、素直に思うでしょう？<br />
    <br />
    こういうのに比べたら、<font color="#FF0000"><strong>建材も必要なく、場所もとらない英語・英会話のマスターごとき、取るに足らないというか、ごくなんでもないことのような気がしてきませんか？</strong></font><br />
    <br />
    <br />
    彼らも一人、私たちも同じ一人です。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000">英語・英会話力は、いわば頭の中の空間に組み立てる、仮想の建築物のようなもの</font>でしょう。<br />
    <br />
    シュヴァルさんを見習ってほんの数十年（笑）くらいコツコツと頑張れば、英語・英会話をある程度自在に使いこなすことくらい、絶対にできるはずですよね。<br />
    <br />
    これらの建造物の写真を見ていると、<font color="#FF0000"><strong>どうやって学習するとよいかなどという方法論はほとんど問題にならなくて、要するに「やり続けるられるかどうか」、ということだけ、ただそれだけのような気すらしてきます。<br /></strong></font><br />
    <br />
    とくに4月からあらたに英語・英会話をはじめた、新社会人・学生の皆さん。<br />
    <br />
    どうです、やる気がわいてきましたか？<br />
    学習に挫折しそうになったら、時おりこの写真を見返すようにしてください（笑）。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/post_201.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/04/post_201.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">雑談コーナー</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 02 Apr 2008 11:04:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「世界一簡単な」「最新の」英語学習法、あるんなら教えてほしい（笑）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    昨日は久しぶりに紀伊国屋に出かけ、英語・英会話コーナーの平積みをチェックしてきました。<br />
    <br />
    個人的に読む価値があると思った本は、このブログでも時おりご紹介していますが、一方で「これはマズイだろぅ…」と思う本も、同様に結構見かけるものです。<br />
    ま、どちらも所詮は「個人的意見」なわけですが。<br />
    <br />
    <br />
    ただですねぇ、あまりにも「売らんかな」の姿勢で、やれ「画期的！」だとか「あなたのこれまでの学習法は間違っている！」とか、強気一本に押しまくられると、ついツッコミを入れたくなってしまいます。<br />
    <br />
    商売の邪魔をするつもりまではないので、書名は一部伏字にしますが、たとえば今新刊コーナーに並んでいる「○○は○から○○!　最新の脳科学でわかった!世界一簡単な外国語勉強法」（伏字になってない（笑）？ま、探してみてください）などは、タイトルも中味も、いくらなんでもトンデモすぎませんかね。<br />
    <br />
    <br />
    いまどきチョムスキーの生成理論などをひっぱりだしてくるのもスゴイですが、「英語を勉強するときには英語だけでやり、英語脳をつくって、絶対に日本語を介在させるな」という主張を展開されても、しかも日本語で（笑）。<br />
    <br />
    周りは黒髪・黒目の日本人だらけのなかで、みんな頑張って勉強しているんですから。<br />
    <br />
    環境的に、ワレワレに一体どうしろというのでしょう（笑）。<br />
    <br />
    <br />
    人間の頭の中で別々の「日本語モジュール」と「英語モジュール」が、自在に取替え可能だそうで。<br />
    <br />
    ホントかよ（笑）？<br />
    <br />
    骨の髄までずっぷりと日本社会で育っている私たちが、日本仕様の感情や思考体系を、電気の切り替えスイッチみたいに頭の中で英語モジュールとやらにパッと切り替えられるんなら、日本人は幕末以来、こんなに英語で苦しんでいないと思うのですがね。<br />
    <br />
    <br />
    そのあたりは百歩ほど譲ったにしても、「日本の英語教育は脳の仕組みと逆のことをしている」「文法ルールなどを暗記せずに英語を話せるようになる」とまで言われると、言いたい放題もチョット待った！ですね。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_200.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_200.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 28 Mar 2008 14:19:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話学習、いわゆる「完璧主義」を考える（２）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    前回、英語・英会話学習で完璧を期そうと思ったところで、<font color="#FF0000">しょせんその「完璧さ」は、「日本人がこれまで無意識下で刷り込まれてきた、英語・英会話に対する世間感覚のようなもの」との比較で、自分が漠然とイメージしている世界にすぎないのではないか</font>、といったような話をしました。<br />
    <br />
    そうなってしまうのも、やはり評価を「自分の外＝他人、世間」に求めてしまう傾向が、私たちのなかに大きいからかもしれません。<br />
    <br />
    普通は、英検やTOEICなどを受験し、わかりやすく到達基準がはっきり示されている「級」や「スコア」などによって評価してもらうことで、初めて自分の実力がどの程度のものなのか把握している人が、多いわけですから。<br />
    <br />
    しかし一方で、英検一級を取ろうが、TOEICでフルスコアをマークしようが、英語・英会話をモノにしたという実感からはホド遠い…と感じている人（世間的にはおそらく「英語ができる人」とみなされているでしょうが）もまた、たくさんいるはずです。<br />
    <br />
    つまり、こういった試験で高得点を得たとか、ネイティブとミーティングで丁々発止やり合ったとかいった事実（すなわち外部評価）をモノサシにして、自分の立ち位置を一度は確認しようとしたものの、結局それでは「本当の英語力」との距離感をはかることができないことを、はっきり体感したからではないかと思うのです。<br />
    <br />
    <font color="#FF0000"><strong>「世間・周囲の評価」など、自分がどの程度英語をモノにしているかをはかるモノサシとしては、ホントに頼りにならないということが、内心でよくわかっている。</strong></font><br />
    <br />
    <br />
    だから、もし彼らが「完璧な英語力」を目指していたとしたなら、その「完璧さ」の定義は、世間でいうところのものとはまったく異なる、独自の内面世界の形成であるかもしれません。<br />
    <br />
    ワタクシが思うに、<font color="#FF0000"><strong>英語・英会話を学べば学ぶほど、自分の実力がはたしてどの程度のものなのか、自分でもよくわからなくなってきている…と感じている人は、意外にたくさんいるじゃないか</strong></font>と思います。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_199.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_199.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 17 Mar 2008 23:31:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語・英会話学習、いわゆる「完璧主義」を考える（１）。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    <a title="" href="http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/02/100.html" target="_blank">前回のコラム</a>で、「リスニングでは全力で100％聞き取りにいく。」といったようなことを書きましたが、100％＝パーフェクト・完璧、ですよね。<br />
    <br />
    そこで本日は、左に大きく振れた振り子を右に振って精神的バランスをとるが如く、英語・英会話の学習ではいったいどこまで完璧を期すべきか、ということについて、思うところを書いてみたいと思います。<br />
    <br />
    「これまで完璧な英語を話すなどと考えたことも、目指したこともない」という方をとりあえず想定外とした話になりますので、そこはご了承ください。<br />
    <br />
    <br />
    よく世間で言うところの完璧主義、というのが、英語・英会話の学習の現場において、普通はどう現れてくるかについての例を、いくつかあげておきますと。<br />
    <br />
    ・英会話において、文法的ミスのない、イントネーションやアクセントもきれいな非のうちどころのない英語を話したい。それができない自分が、何かしら許せないような気がしている。<br />
    <br />
    ・原書を読む時に、わからない単語があるのが気持ち的に収まりが悪くて、後で辞書で必ず意味をたしかめておかないと気がすまない。<br />
    <br />
    ・英単語の暗記で、自分で決めたノルマを守らなければ気がすまない。しかも、単に日本語の意味をおぼえるだけでは底が浅い学習のように思えて、類義語や語源をチェックしたり、あわせて英英辞典での定義や、用例となる英文までもおぼえるように努力している。<br />
    そこまでやらないと、本当に英単語学習をしたことにはならないのではないか…という気が、内心いつもしている。<br />
    <br />
    <br />
    まぁ普通は、こんな感覚で対応している自らのことを、「私は、どちらかというと完璧主義的な性格だ」などと形容したりしているんじゃないでしょうか。<br />
    <br />
    しかしお気づきの通り、この場合の「完璧」というのは、結局は<strong><font color="#FF0000">『自分の内心で設定したところの、「完璧」の定義・範囲に沿っているかどうか』</font></strong>ということですよね。<br />
    <br />
    いま、自分が向かい合っている一つ一つの英会話の表現や英単語において、ここまで覚えて使いこなせたならば完璧ですよと、（商売のセールストークとして乱発する場合は除いて）誰かが保証してくれるわけでも、客観的な基準があるわけでもない。<br />
    <br />
    言ってみれば、<font color="#FF0000">自分が漠然と抱くイメージをモノサシとして、そこと現在の自分との間に横たわる距離をざっと測ってみて、「パーフェクトに近い」「完璧とはほど遠い」などと、おおよその感覚で言っているに過ぎない</font>わけです。<br />
    <br />
    <br />
    で、このモノサシとなるイメージは、われわれの日々の生活で、何気なく見たり聞いたりしている、雑誌やテレビからの情報、知人との会話などで形成された世間的な印象で、形作られている場合が多いはずですね。<br />
    <br />
    たとえば、最近とある缶コーヒのテレビＣＭで、会議の席で外人ビジネスマンの問いにカタコトの英語で返答した新入社員を、タレントがかけつけたりヘリが飛んだりパレード行進したりで、街をあげて大変な騒ぎで祝福する…という内容のＣＭが流されているのを、ご存知でしょうか。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_198.html</link>
         <guid>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/03/post_198.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 04 Mar 2008 12:03:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>英語リスニング、全力で100％を聴き取りにいく姿勢こそが力を伸ばす。</title>
         <description><![CDATA[<p>
    <br />
    もう一週間ほど前の事件になりますが、新千歳空港の滑走路で、飛行機が無許可で離陸しそうになり、あわやもう少しで大事故か…というニュースがありましたよね。<br />
    <br />
    で、管制交信を通じての英語表現を言い違えた、聞き違えたというような話が、発生の原因としてあげられています。<br />
    <br />
    管制用語としてのtake offとdepartureの意味する範囲を取り違えたとか、あるいはexpectの部分を聞き漏らして離陸許可と勘違いした…といったことが、新聞では報じられていました。<br />
    <br />
    <br />
    もちろん、指示を復唱して再確認しなかったこととか、英語の聞き取りミス以外の理由もおそらくはあるのでしょうが、ワタクシは単純に、これは恐ろしい話だなぁ…と思いましたね。<br />
    <br />
    <br />
    ちょっとした聴き取りミスが惨事につながりかねない、ということ自体の恐ろしさももちろんあるのですが、パイロットのように、多くの人命を預かる飛行機の操縦・離着陸というものすごい緊張を強いられる場面で、日常的に英語を使っている人のするミスにしては、これはあまりな凡ミスのような気がします。<br />
    <br />
    管制交信はほとんどすべて英語で行われるとはいっても、使う英語表現だって割と定型的なはずですし、数や種類だってそうは多くないはずですよね。<br />
    <br />
    <br />
    つまり、<font color="#FF0000">「英語を日常的に業務で使い慣れた者が、高度の集中力を必要とされる環境で、定型的でよく聴きなれたはずの英語を聴いたにもかかわらず、聞き違えによる深刻なトラブルが生じた」</font>わけです。<br />
    <br />
    <br />
    この事実に、<font color="#FF0000"><strong>「そう簡単に克服できない世界の存在」のようなものを感じて</strong></font>、ちょっとブルッとしたわけです。<br />
    <br />
    英語を学ぶ者にとって、こういうのは、ちょっと考えさせられる話はないでしょうかね。<br />
    <br />
    <br />
    ところで、その英語リスニング。<br />
    <br />
    ワタクシの個人的な体験として、少しアドバイスめいたものを申し上げたいと思うのですが。<br />
    <br />
    あくまで自己評価ではありますが、何を言われてるんだかさっぱり聴き取れずに、独りモンモンと苦しんでいたかつての自分と比べてみると、さすがにリスニングの力はずいぶんと上がったものだ…と実感する瞬間が、実は内心で時たまあったりします。<br />
    <br />
    もちろん、ほとんど聴き取れず理解不能、細々と積み重ねてきた自信をコナゴナに打ち砕かれる瞬間も、いまだひんぱんにあることも、これまた事実ですが…。<br />
    <br />
    <br />
    それはともかく、いったい我ながらどうしてここまでリスニング力が伸びたのか、その理由について、考えるともなく考えてみるときがあるのですが。<br />
    <br />
    実は、いくら振り返ってみても、これといったはっきりとした理由は、いまだに思い当たらないんです。<br />
    <br />
    おそらく<font color="#FF0000">「膨大な量の聴き取りを、膨大な時間をかけてやったから」</font>ということだけは、まず確実だと思うのですが。<br />
    <br />
    <br />
    とにかく「このリスニング学習法でやったから、上達した」といった、ある特定のアプローチに頼った結果でないことは、確かなようです。<br />
    <br />
    かじるだけはたくさんかじったものの、結局どれも長続きしませんでしたので（笑）。<br />
    <br />
    で、今から過去を振り返ってみて、リスニング向上にはっきり寄与した理由としてあげられそうなのは、結局、わずかに二つだけのような気がしています…。
</p>]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/02/100.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英会話</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 25 Feb 2008 00:35:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ランチ二回分のお金で学ぶ、Sweetな英会話フレーズ集。</title>
         <description><![CDATA[<p>
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このブログでも、過去何冊かオススメしている、ディビット・セインさんの新刊です。<br />
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<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%9C%81%E7%95%A5%E8%8B%B1%E4%BC%9A%E8%A9%B1BOOK%E2%80%95%E3%81%93%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E7%95%A5%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%82%E9%80%9A%E3%81%98%E3%82%8B-David-Thayne/dp/4072595020/ref=sr_1_1?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1202827429&amp;sr=1-1" rel="nofollow" target="_blank">「省略英会話BOOK ― ここまで略しても通じる!」</a>&nbsp;（David A.Thayne 、小池 信孝 著、主婦の友社、1,050円）<br />
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日本語には、短くてすむところをあえて長くして全体の衝撃を和らげ、聞き手に配慮する&hellip;といった性格が、ひとつの方法というか、もともとの機能としてあるように思います。<br />
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なので、日本語では長い文章であること自体、必ずしも悪いことではないのですが。<br />
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日本語の場合、意味は同じであっても、短い意図を長くぼかして表現することで相手に配慮するという効果を狙うし、文の長短でそのニュアンスもはっきり違ってくると思うんですよね。<br />
<br />
だから<span style="color: #ff0000">日本語では、ニュアンスとして短い文章＝長い文章、ではないケースも多い。</span><br />
<br />
<span style="color: #ff0000"><strong><br />
そのせいか、英会話学習者の中には、短い表現だとぶっきらぼうで聞き手に失礼なんじゃないか&hellip;と、よけいな気を回して（笑）心配する人が、結構います。</strong></span><br />
<br />
この本にも書かれているとおり、現代英語は、たとえ表現として短くとも、長い文章とまったく相手に与えるニュアンスが変わらず、失礼にも当たらないものがほとんどです。<br />
<br />
むしろ短いほうが機能的で美しい、この本でいうところの&quot;Short and sweet English&quot;として、聞き手に好まれるもの。<br />
<br />
<span style="color: #ff0000">相手にとって失礼かどうかは、文の長短というよりも、使っている単語やその中味で判断されるのが英語</span>、ということになるでしょうか。<br />
<br />
日本人がついやりがちな、「正しいながらも長い英語」を、長くてもせいぜい２語～７語程度でこう言える、という視点で、様々な生活シーンにおける短い英語表現を、シンプルな解説もつけてコンパクトにまとめあげた一冊となっています。<br />
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ところでこの本のタイトル、商業的インパクトはありますが、厳密には「省略」というのは、ちょっと違うんじゃないか&hellip;と思いました。<br />
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「省略」を国語辞書で引くと、「簡単にするために、一部を取り除くこと」などと定義されていますよね。<br />
<br />
この本にある数々の短い英語表現は、わざわざ為に短くしたわけではなく、もともとこの本に掲載されているような短い表現が、「英語という言語の本質に即した、正規の表現」に属していると思うのですよ。<br />
<br />
長い文章の適切な表現があって、そちらが本来的に正しいのだけれども、意が伝わる程度に短く「省略」したということではなくて、「最初からこれだけで必要十分な、短い英会話表現」を、主に集めている本なのです。<br />
<br />
Modern Englishでは、短くてすむところを、薄めて長く引き伸ばした表現にすることこそむしろ避けるべき、とされていますからね。<br />
<br />
だから、「省略英会話」というのは、厳密には多少のズレがあると思う。<br />
<br />
ま、マーケティング的にはインパクトのあるタイトルになっているし、さほど目くじらたてることでもないですけどね。<br />
<br />
<br />
さて、肝心の中味ですが&hellip;。
</p>
]]></description>
         <link>http://eigoaha.kitamiyabi.com/2008/02/sweet.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">英語・英会話オススメ本</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 13 Feb 2008 11:50:57 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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