2007年02月28日

(6)日本人にとっての英語・英会話

幼児期・小学生という段階から英語の習得をスタートすることの意味合いについて、色々と考察してきました。

正直なところ、これだけ街にカタカナ英語が氾濫し、英語の歌が一日中流れ、外国人が通りを闊歩し、洋書の新刊が平積みで書店に並べられ、CNNがオフィスで一日中流れる世の中になっても、いまだ英語そして英会話というものは、大部分の日本人にとり縁遠い世界にあるようにも思えます。

それなのに、その現実がまったく存在しないかのように、日本社会は英語教育の強化と早期化を旗印に、どんどんと走り出しているかのように思えます。

今日の日本人にとっても、教材や指導のハウツーがこんなに進歩しているにも関わらず、英語を気軽にそして自在に使いこなす社会の到来は、まだまだ遠い先のように思えます。

同時に、「日本人ここにあり」と、そのアイデンティティを国際社会で示すための、有用で実用的な英語を教えることのできる教師陣、そしてそれを促すための社会的インフラも、まだまだこの日本には不足しているように思えます。

しかしながら、これらの問題すら、ワタクシとしては、いつかは解決に向かうような気がしています。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月27日

(5)日本人にとっての英語・英会話

幼児期や小学校からの英語教育は「日本語の運用能力がきちんと固まってからでも遅くはない、それ以前に英語を教えることはむしろ有害ですらある」という、いわゆる「早期英語教育不要論」があります。

この意見については、以下のように考えています。

・前半部分の「日本語の運用能力がきちんと固まってからでも遅くはない」という点では、賛成。
幼少期に英語を学ばなければ手遅れになる、英語の運用能力が早く始めた人より大幅かつ確実に落ちる、ということまでは言えないと思います。
いい年齢になってから英語の勉強をスタートし、結構コミュニケートしている人はいくらでもいるわけですから、反証の実例には事欠きません。

・しかし、後半部分「それ以前の幼児期に英語を教えることは、むしろ有害ですらある」かどうかについては、確証が持てないので、正直わかりません。

親御さんが個々人の判断に基づき、子供に英語を学ばせ始めたり、あるいは教えないようにするという選択をした上で、それぞれリスクを引き受けていくしかないのではないか、と思います。

この場合のリスクというのは、ありていに言えば、「英語も日本語も中途半端なままで、大人になってしまう」可能性のことです。

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2007年02月26日

(4)日本人にとっての英語・英会話

小学校からの英語義務化について、兼ねてより思っていることを書きます。

「小学校から英語を始めることそのものはOK、また民間機関が競い合って幼児・小学生向けに教育プログラムの販売なり普及なりをするのもOK、しかしながら、公的な義務教育のカリキュラムに組み込むのは反対」というのが、ワタクシの個人的な見解です。

前回まで書いてきましたように、「英語教育は早く始めれば始めるほど有利」かどうかは、正直わかりません。

知る限りでは、その効果を論じているもので、有力な支持を得ている見解はまだ無いですし、有力な学説すらいまだ確立されていない状態だと思います。

しかし、早く始めさせたいと思う親御さんがいるのは、この国際化の潮流の中で、そう思わないほうがむしろ不自然ですので当然ですし、いわゆる憲法の「教育の自由」の理念にそってますし、それ自体は問題ではないと思えます。
少なくともワタクシは、早期英語教育のどこがいけない?と言われて反対する、強力な根拠を持ち合わせておりません。

ただ、あまり早く始めても得られる効果はさほど高くないだろうな、とは漠然と思っています。
だから、費用対効果は決して高くはない行為だ、と感じていることもまた確かです。

一方で、小学校の義務教育に英語を完全に組み込むことは反対です。

なぜか?
その一番大きな理由としては、ですね。

「日本人に対する英語教育」という意味で、完全に確立し、万人の総意をほぼ得られている指導法は、未だにないはずです。
支配的なティーチング・メソッドがあるなら、今頃日本人は世界になだたる英語の上手な国民として評価されているはずですし、英語の学習方法が、こんなに玉石混交で乱立しているはずはないですからね。

「オトナの日本人に対してさえ、圧倒的に有効と認められる英語学習法がないのに、幼児や小学生にある特定の方法論を採用し、それを義務教育の名の下に強制して教えることは、現段階ではリスクが相当に高いように思えて仕方がない」のです。  

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(3)日本人にとっての英語・英会話

少なくともこれからの日本人にとっては、英語から完全に遠ざかって生きようとすると、生活に色々と支障をきたす?ように思えます。

それならば、英語学習は幼少期からスタートしなければ不利に作用するものなのか。

物心ついたころから、外国人と一緒に英語であいさつし、英語の歌を一緒に歌わなくては、勉強開始が遅くなった人との間で本当に目に見える差が、のちのちついてくるものなのか。
また、小学校から英語を義務化しないと、国際化の波に乗り遅れるものなのか。

ワタクシはこれに対しては、はっきりとした答えを自分の中に持ってはいません。

ほとんど、大脳生理学等の領域のような気もしますし。自分の体験に照らしていえば、ワタクシが英語にはじめて触れたのは小学校6年くらいだったように記憶しています。
当時、はじめて買ってもらったラジオ付テープレコーダーで、NHKの「ラジオ基礎英語」を聴いたのが、確か最初だったと、薄ぼんやり記憶しています。

ひとつだけ意見らしきものを開陳するなら、幼児期や小学生に英語教育を施す場合、カリキュラムはおそらく「英語という言語への慣れ」を主眼に組み立てざるをえないだろうから、その主目的も「英語を学ぶことへの抵抗感の軽減」に終始することになってしまうのではないだろうか?ということです。  

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月24日

(2)日本人にとっての英語・英会話

映画のタイトルなんかも、日本語訳したモノはひところに比べて、めっきり少なくなりましたよね。

これって、映画を見にくるなら、これくらいの意味はわかってくれなくちゃ、という、供給側の暗黙の強要を感じるようで、ちょっとイヤなんですが…。

例えば、「スーパーマン・リターンズ」なんて、「帰ってきたスーパーマン」というタイトルとかじゃ、やっぱり客足が落ちるもんなんでしょうかね…?

安部内閣になってからは、巷で指摘されているとおり、政策用語もカタカナ語が増えてきていますね。
「ホワイトカラー・エグゼンプション」などは、ちょっとアンマリじゃないの?と思いました。

普通のオトーサン・サラリーマンだって「エグゼンプション(例外化)」の部分の意味は、わからない人がほとんどじゃないの、と思いましたよ。
まぁこれは、わざとわかりにくくするように官僚サイドでネーミングしたんでしょうけど、それにしても悪ノリしすぎですよね。

あと、見逃してはならないのは、我々の日常生活における、インターネットの加速度的な普及ですかね。

いまやほとんど一家に一台パソコン、お子さんだってお婆ちゃんだってメールをキーボードでホイホイと打つ時代です。

ちょっと便利なウェブサイトを見たりソフトを利用したりしようと思ったら、英語のページにすぐ画面が切り替わっちゃったりしますし。

またスパイウェウアだウイニーだと恐ろしい時代ですから、ネットショッピングとかウイルスメール対策とかにおいて、英語のサイト説明なりメール文章なりをよんで自分で判断して、自衛しないといけないシーンも増えてきていますよね。

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2007年02月23日

(1)日本人にとっての英語・英会話

テレビなどを見ていると、幼少期から英語に触れさせよう、という流れがここ最近、ますます強まってきているように思えます。

子供への教育費を惜しまない熱心な親御さんも、増えているようですね。

小渕内閣の時にでた「英語の第二公用語化」なんて話を皮切りに、小学校英語も必修化の方向に向けて環境整備がすすんできているようですし(5年生以上からでしたっけ?)、まぁ、他人よりもちょっとでもはやく始めたほうが有利だ、という競争意識もあいまって、世の中全体として、日本人として英語にはじめて触れるスタートの時期がドンドンと前倒しになってきているようです。

そういえば、「日本人が英語を学ぶ必要があるか」ということでは、有名な論争も昔からありますね。
やれ言語帝国主義だとか、かたや国際社会において英語くらい使えて当然、制度面で遅れてどうする、とか、立場も色々です。

ごく普通に一般生活を営む日本人が英語が必要かどうかについては、一昔前ならばともかく、まぁ現在は、「日本人は英語の学習など不要」と言い切ることは、実際の生活シーンにおいて、さすがに苦しくなってきているような感じはあります。

まず、老若男女を問わず、日常生活において、カタカナ英語ないしごく簡単な英語にまったく触れないでいるわけには、いかなくなりました。
ちょっとした英単語程度の意味を知らないと、わからないまま生活を送り、経済的に機会損失をこうむる羽目に、なりかねなくなってきました。

「このままでは日本語が侵食されっぱなしで由々しきこ」と、という反論や意見があります。

苦々しく思うのはわかるとしても、日本語重視のあまり、日常生活における英語比率の高まりを無視したままでいると、そのうち窮屈な思いをすることになってくるかも?という状況に、だんだんとなってきているように思えます。

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2007年02月22日

(2)TOEIC、これまで書いたことのポイント整理

昨日に引続き、これまでの内容から「TOEIC試験編のおまとめ」パート2です。

今日は特に、この試験に臨むにあたっての技術的ポイントなどを中心にまとめてみました。
たまにはバックナンバーも、読んでやってくださいね。

・TOEICは、毎年難しくなっていく性格のテストではない。まずは、書店に数多く並ぶ対策本の中から、必ずCDが付いている模擬試験タイプを一冊買って、通して一回問題をやってみる。
結果は二の次、全力でやってみて、自己採点してスコアをつけよう。そこからがスタートになる。

・試験直前までどれくらい伸ばしていけるかを楽しみに、「TOEICは技術的・機械的な反復練習の世界だ」と、まずは自分に言い聞かせよう。

・TOEICでハイスコアをとりたければ、「受験間隔を空けずに、何回も受験すること」は有効な作戦。
例えば3~4回の受験回数で最終的に目標スコアに届かせることを目標に、1・2回目はリハーサル、3回目が最終リハーサル、4回目が本番、という位置づけで、やってみよう。

・数回試験を受けてると、スピード慣れしてくる。Q&Aパートの問題を読み上げているスキマ時間に、リスニングパートで一番難しいパート4の答えの部分をチラチラと見る余裕もできてくる。
答えのほう、4つの選択肢をあらかじめちらっと見ておくと、問題を聞くときに、潜在意識が解答を手助けしてくれるだろう。

・パート4に限らず、リスニングの試験は、「最初の一発目の語やフレーズに全神経を集中して、聴き取る!」つもりでいくこと。
英会話においては、一番大事なことが、一番先頭に来るもの。Why?なのかWho?なのかがわかれば、4択から2択の世界に持っていける。

・出題側は4肢から一つの正解を選ばせようとしていることを忘れずに。
受験者の英語力をできるだけ適切・正確に測るために、一体どういう発想で、どんなふうに問題を作ろうとしているかを、「相手の視点にたって、想像力を働かせてみる」こと。

・試験場で、単語がわからない、フレーズがわからない、という場面に出くわすのは確実なこと。
そういったときに頼りになるのは、ひょっとしたらこうじゃないか?と、あれこれ推量してしのぎ切る、「なんとか解答にたどり着くための発想力・思考力」である 。
そういう力をつけることを意識しながら、問題練習をしていこう。

・自宅で模擬試験を解く際は、「時間を本番より短く設定して、解く練習」をしてみよう。
普段から時間を短く、速く解く練習をすることで、本番では心理的な余裕が多少でてくる。

・速く解けるようになったら、見直し時間にあてる。ちょっとあやふやな問題は、問題文ナンバーにマルをしておいて、後でマルをつけてあった問題を、重点的に見直すようにする。

空いた時間は、まずリーディングパートの見直しにあてよう。なんといっても、「マークシートの塗りミスがないか」を確認すること。
リーディングパートの後は、リスニングパートも忘れずにチェックしよう。

・解答用紙をいきなりマークしていって、最後のほうで塗り間違いに気づいたらヒサン。問題用紙に5問位づつの単位でマルし終えた後、5問単位でマークシートに書き写していくスタイルのほうが塗り間違いを防げるので、オススメ。

 

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2007年02月21日

(1)TOEIC、これまで書いたことのポイント整理

TOEIC試験も近づき、受験者の方々も読んで下さっているなかで、日記をただ書いているだけではなく、時々はポイントをまとめておくことが、学習ブログとしては(だったっけ・笑)、大事なことではないだろうか?と、ハタと思い当たりました。

ということで、以前1月から2月初旬にかけて書いた(1)TOEICについて色々で、(11)までの記載内容から、ドナの考えるポイントを、今日と明日の2回にわけて、まとめておきます。

興味がおありの部分がありましたら、バックナンバーをお読みいただければ、と思います。

・TOEICという試験のよいところは、モノサシとしてのぶれの無さ、いつ受験しても水準が一定に保たれているという信頼感である。

・そしてもうひとつは、結構気軽に何度も受けられる「試験回数の多さ」。敗者復活戦が気軽にできるところが、試験としては明るくてよい。

・TOEICは体系のきちんと定まった、2時間のテストであり、本質的には予想外の問題を出題されることのない、「不意打ち」無しのテストである。

TOEICで高得点をとることと、英語・英会話力で、自分に自信が持てるようになることとは、まったく別モノ
TOEICでハイスコアをとったからといって、そこのところを勘違いしてはならない。

・TOEICというメジャーなテストへの自分の対応力・適応力向上に自信が持てるようになるのであって、それは英語力そのものに対する自信とは異なるものである。

・逆から見ると、さほど自分の英語力に自信がなくても、TOEICである程度のレベルの高得点をとることは十分に可能である。

・なぜなら、TOEICとはきわめて「予測可能性が高いタイプのテスト」であるからだ。

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2007年02月20日

TOEICの公式認定証について思う。

久々にTOEIC編を。

TOEICの3月の試験、そろそろ近づいてきてますね。
問題集とCDを片手に、模擬問題の練習に取り組む方も多いと思います。

先ほどTOEICの公式サイトを見ていて、「新TOEICテストのOfficial Score Certificate(公式認定証)」というページがありましたので、その感想を。

ドナの受験時代でもらってた公式認定証は、Scoreとパーセンテージランクがポンと書いてある大きめの付箋のようなものでしたが、それから比べるとずいぶん改善されているようですね。

Score Descriptionsなども、自分のScoreだと、運用能力がどのあたりの水準にあるのかということについての説明が、ずいぶんと具体的なものになっているようです。
(なにせワタクシ最後に受けたのはもう7年前ですし、その時からの発展ぶりに、色々と感心してしまう点が多いわけです。)

ただですね、ぜひこれは更なる改良を施してほしい、と思う点がありました。
それは・・・

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2007年02月19日

(5)外国人と話すとき、なぜキンチョーするのか?

さて、昨日までツラツラと考えてまいりました、外国人と英語で話すときにキンチョーする理由を自分なりにまとめると、こうなります。

(理由1)文化的背景が異なる「未知」の世界からきた人物と接触すること、そのものへの恐れ。
(理由2)自分が想定しイメージしてきたコミュニケーション・レベルに、現実の自分は達してはいないのではないかという心配から、プライドが傷つくことへの恐れ。

上の二つが正しいとしたなら、これは別に「英会話の上手い下手」から必ずしも直接的に引き起こされているものではないことに、気づきました。

別の言い方をすれば、いくら英会話が上手くなったとしても、この二つの恐れの感情はストレートに消えてなくなるわけではない、ということになります。

では、この二つの恐れの感情がわくことのないよう、消し去る方法はあるのでしょうか?  

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月17日

(4)外国人と話すとき、なぜキンチョーするのか?

「外国人との会話くらいで、プライドがどうこうなってしまうことなど、ワタシは全くない、そんな安っぽいプライドなどそもそも持ち合わせてはおらん!」と、お思いの方はいるでしょう。

この場合、プライドという単語を使うのが適切かは、自信がありませんが。
もっと細かく観察するなら、「外国人との会話」それ自体は、単なる触媒として作用するにすぎない、ものでしょう。

「自分がそこに至るまで積み重ねてきたものが、イメージどおり有効に機能しないこと、現実とイメージとの落差が大きかったこと、に対する失望感」を、自分の目の前にはっきり示されるというリスクに対しての恐れ、のようなものでないかと思えます。

現実の生活では、物事の習得プロセスにおいては、最終的な到達点のイメージを、自分なりに漠然とではあっても、無意識に描いているものです。

「××大学に合格できたらいいな」「××の面接で採用されたい」といった、願望に近い、比較的弱いイメージ。
(これを意識的に繰り返し、強烈に自分の脳裏に刻印していくやり方は、俗にいう「イメージ・トレーニング」になりますね。)

英語があまりできないと自認するヒトも、逆に、英語が多少はできると考えるヒトも、程度の差こそあれキンチョーしてしまうことが多いのは、いずれもこの「現時点における自分の英会話力の見立て」を、正しくイメージしていく作業を、突き詰めてやっていないことに、理由があるのではないでしょうか。

 

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月16日

(3)外国人と話すとき、なぜキンチョーするのか?

英会話の場において、外国人と話すときにキンチョーする理由の「その1」として、「未知なる者への恐れが、テンションをあげるため」と、昨日書きました。

特に異文化圏のヒトと話すとき、そのキンチョー感はさらに高まります。

これが、日本人で海外在住暦ウン十年で、英語がネイティブ並みにペラペラの商社マンの方とかお相手に話す場合だと、緊張しないということまではないでしょうが、「奥底に同じ日本人、話す前にわかりあえる共通のコードがいくつかあるはず」という、半ば無意識の思惑が働いて、それがテンションをなぜか不思議と和らげてくれるものです。

しかし、異文化圏の人と話す場合、そういうことは大抵の場合、ありません。

その未知の世界への手探り感が、基本的に体内のアドレナリンを沸々と分泌させる(笑)作用を、もたらすわけであります。

考えられる理由「その2」。それは・・・・

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月15日

(2)外国人と話すとき、なぜキンチョーするのか?

英会話において外国人と話すときの、キンチョー感に関わる考察(笑)を続けます。

まぁ、海外に住んでいて、回りに日本人の姿は影も形もなく、現地の人と英語でやりとりしなければ生活すらままならない、というような環境ならば、話は別かもしれません。

あとは、向こうで生まれ育ったとか、仕事で何年もいたとかね。こういう人たちは、いちいち緊張していたら神経が衰弱して身体が持ちませんので、この話題からは当然に除かれます。

(ちなみに、いきなり話がそれますが。

いわゆる帰国子女で英語がペラペラだとか、出張で海外に何年もいたとかのバックグラウンドがあって英語がうまい人たちは、うまくて当然なので、あまり大きな顔をせずに、日々謙虚にしていただきたいものだ、とドナは、いつも内心やっかみ半分で思っています。

そんなのは、外的な環境の強制的作用で、その人の脳に英語力を上げさせるよう英語を適応させる強力なドライブかかっているだけですから、うまくなるのが当たり前なんですよ。

むしろ、この日本から一歩も出ずに、「チキショー、国内で英語ベラベラになってやるわい!」と、辞書や英単語帳片手にシコシコ頑張っている人たちのほうに、異様なる親近感(笑)をおぼえます。
ま、かくいうワタクシが、モロそういう人間でしたからね・・・。

なので、このブログはそういう人たちに向けて、書いているのであります。)

おぉ、話が大きくそれたので、元に戻します。

まず、ワタクシが考える、「キンチョーの理由その1」は・・・

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2007年02月14日

(1)外国人と話すとき、なぜキンチョーするのか?

ドナです。
上のタイトルの件について、数回、考察してみたいと思います(笑)。

英会話というと当たり前ですが、会話の対象として、外国人の方が目の前にいる状況なわけです(別に英語の達者な日本人でもいいのですが、ま、とりあえず置いておきます)。

彼らと、色々な話題について、英語で話す。

英会話とは、煎じ詰めればただそれだけの、外形的行為なわけですが。

なのになぜ、なんとなく、キンチョーしてしまうのでしょうか!?

いや、別に自慢するわけじゃありませんが。ドナは日本にいて(むろんビジネスや旅行などで、海外滞在の時もありますが)結構、英語圏の方と話す機会は多かったほうなんじゃないか、と思っています。
英会話学校こそ、行ったことはありませんけどね・・・

十数年通った仕事場には、アメリカ・イギリス・オーストラリアと、さまざまな国々の方が同僚としていましたし。

ですので、話す回数が少ないことによるキンチョーでないことは、間違いないと思っているのですよ。

あと、別に極端に会話が下手とか、人見知りするとか、そういうこともないんですよ。
昔は、営業職でしたし、飛び込み営業なんかも結構やったくらいですから(いや、飛び込みは嫌いですけどね・・・笑)。

これだけ、ネイティブとの会話の機会と経験も多く、別段、超人見知りというわけでもなく、今ではそこツボ、じゃなくてそこそこ、英会話もこなす(こんなブログを書く程度には)ワタクシが、外国人と話すとき、

いまだ胸の奥底に、かすかなキンチョー感を必ずおぼえる・・・。

これはなぜなのか?と、自分でも、思うわけであります。

また同時に、英会話歴数十年の(笑)私がそう思うということは、ひょっとしてこれをお読みの皆さんも、ケッコーそうなのではないか?と、あわせて思うわけであります。

 

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2007年02月13日

(2)2007年、ドナの「座右の銘」2選

昨日より引き続き、私的「座右の銘」についての雑談にお付き合いいただきまして、ありがとうございます(笑)。

もうひとつの私の「座右の銘」はですね、実は以前「書店でつい買った本」のところで書きました、村上春樹さんの「ひとつ、村上さんでやってみるか」の中で、村上氏が、自身の座右の銘(もっとも、氏はこれを「座右の銘」とは呼んでいませんが…)として、書いてあった言葉です。

それは…

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2007年02月12日

(1)2007年、ドナの「座右の銘」2選

本日は、私的「座右の銘」について、雑談です。

今日は雑談コーナーですので、英語の話題抜きであることを、お許しを(笑)。

ところで皆様、「自分の人生におけるスローガンはこれだ!」的なものは、お持ちでしょうか?

ワタクシは、基本的に座右の銘なるものは、持たない主義です・・・とまで、格好つける気はありませんが。

なにせ、自分でもすぐに「座右の銘……あれ?なんだったっけ?」という感じで、激しく忘れてしまうので(笑)。

忘れるということは、「結局は自分にとって、大した重要性をもたないものだったのだ」、と自らに言い聞かせ、そのまま無理に思い出さないようにしていたりするわけです(笑)。

ということで、そういうことに大して関心もないままに、40数年を過ごしてきたわけですが。

ところがなんだか久しぶりに心にスッと入ってきて、結構長くおぼえている言葉、二つにようやく(笑)巡りあいましたので、これを栄えある「2007年 ドナが選ぶ 輝け!座右の銘大賞」と、させていただくことにしました。

受賞したのは(笑)、次の2選です。

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2007年02月11日

(7)英会話学校に行かなかった理由

英会話学校について何回か書いてきましたが、今日でひとくぎりとしますね(あ、当然、また別の機会に別のアングルから書きます、ハイ(笑))。

ちょっと、今まで英会話学校について書いてきたことを、ポイント箇条書きでまとめてみましょうかね…


・英会話学校は授業料は多少高くても、やりようで十分に役立つ。

・従って、自分に最適の学校を見つけるよう、事前に十分に下調べをして選ぶ必要がある。

・英会話学校に対する自分自身の評価は、「自分を担当してくれる先生の質」で決まる。

・英会話学校で費やす時間はそもそも短く、どんなによい教授法の学校でも、絶対量として足りない。

・したがって、英会話学校で使う時間で最大効果が得られるよう、事前の準備(インプット)を十分にやっておく必要がある。

・つまり、英会話学校は「アウトプットの場」と位置づけて、臨まなければならない。



だいたい、こんなところでしょうかね…。

いままでTOEIC などについて、シリーズで書いてきても、書き流しで、整理してまとめるということを、してきませんでした。

このブログを読んでいる方には、英語の効率的で効果的なマスター法を探している方もいらっしゃるでしょうから、時々のタイミングで学習ポイントを、今後はまとめていくように心がけますね。

このシリーズは「英会話学校に行かなかった理由」として書いてきましたが、ドナは今でも、授業料分のおカネと時間さえあれば、じっくり腰をすえて通ってみたいなあ…などと、内心思っているわけであります。

ドナが行くことになったら、またこの場でレポートしてみたいと思いますので、その時までこの「英語・英会話 上達そこツボ!日記」(略称・「そこツボ!」)を、ご愛読いただきますよう、よろしくお願いいたします。

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2007年02月10日

(6)英会話学校に行かなかった理由

英会話における、インプットとアウトプットのバランス。

これは各人各様の意見があるでしょうけれど、ドナは最低でもインプット7にアウトプット3くらいの、割合ではないかと思っています。

ワタクシは、もうはっきりとした「インプット重視派」です。

英会話は今日ではもはや一大産業ですから、勉強法に関しては、大抵はまったく逆の意見が、方法論として存在します。

嘘だと思ったら、ネットで調べてみてください(笑)。
ちょっとサーフしただけで、180度正反対の意見に、いくらでもお目にかかることができると思います。

ですので、英語を本当に身につけようと思うならば、しっかり自分というものを持って、ヒトがなんと言おうと、オレ(ワタシ)はこれでやっていく!という気概がないと、情報の海におぼれて挫折してしまうのが、オチだと思います。

さて、話を戻して、ドナがインプットのほうが大事、と言えば、「いや、アウトプットこそ、至上。現場で外人との活きたやりとりの機会を膨大に持つことによってこそ、英語は磨かれる」といったようなことを言うヒトが必ず、その対極に実際いるわけですね。

皆さんからすれば、きっと「どっちやねん!」と、言いたくなるでしょうね…。

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2007年02月09日

(5)英会話学校に行かなかった理由

つらつらと、英会話学校について書き綴っています。

前々回の(2)英会話学校に行かなかった理由「英会話学校で費やす時間だけでは、英会話習得には圧倒的に足りない」ということを書きましたが、ちょっと消化不良でしたので、もう少し書き足します。

「高いおカネを払って英会話学校に行ったって、英会話上達の役にたたない」などという極端な意見も巷にはありますが、ドナはそうは思いません。

ま、「オマエも行ってないじゃん」と言われれば苦しいところですが(笑)、ドナは実は、よい英会話学校の選定と、あと授業料と(笑)時間のやりくりさえつけば、実は今でも行ってみたい、と思っています。
時々、ネットや地元の英会話学校のパンフレットを手に入れて、比較なんかもしたりしてるくらいですから。

ただ、できればグループレッスンではなくて、日本人への教授経験の長い講師とマンツーマンで話せる、プライベートレッスンが希望ですけどね。

英会話学校はですね「基本的には、アウトプットの場である」と位置づけて活用すれば、これは非常に効果的ではないか?とかねがね思っているんですよ。

英会話がほとんど初めてで、英会話学校にマジメに通えばうまくなるだろう…位に考えて、学校に行く以外のことはほとんどなにもやってない…そりゃ、これでうまくなったら奇跡ですよ。

英会話学校で一からインプットしていこう、ではダメです。
なにせ、そこでの滞在時間が圧倒的に短いんですから。

ここでは、自分が英会話学校にくるまでに時間をかけて仕込んできた「インプット」を、アウトプットしたら果たして通用するのか?それをネイティブを通して、密度濃く検証する場、でなければなりません。

続きはまた明日書きます。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月08日

(4)英会話学校に行かなかった理由

英会話学校は、やはり担当の先生の教え方というか、レベルが一番気になりますよね。

こればかりは、個人的相性の問題もあるでしょうから、なかなか難しいとは、思うのですが…。

ネットで「英会話学校」「先生」「評判」などと打ち込んで色々検索してみると、ほめ言葉や悪口の両方で、たくさんの書き込みを読むことができますが。

しかし正直なところ、それらを読んでいても、その英会話学校がよいのか悪いのかというところまでは、どうにもピンとこないですね。

ネット検索では、やはり自分にとっての「ファイナルアンサー」は、どうにも見つけにくそうですね。

結局、自分がめぐりあう先生が、学校に払い込む金額の対価として受けるサービス全体の7割位は、占めることになるんじゃないでしょうか?
残り3割がテキストとかカリキュラムの内容、その他の提供サービスの質、という感じじゃないかと、想像してますけど。

いや、想像ですので(行ったことないですし・笑)、上記の割合なんかも適当ですが。
ドナだったら、やっぱり自分についてくれた先生の授業がどうか?で、全体のサービスを判断すると思うから。

例えば、受付にいた女性の応対がもうふてぶてしくて最悪で、教室もなんだかボロくて、割引サービスとかもほとんどなくて、誰も知らないような英会話学校であったとしても、

自分を担当してくれた先生の授業が最高なら、

「他のことはすべて許して、そこに通い続けよう」と思ってしまうような気がします。

ま、ワタクシもどちらかといえば、ものぐさ太郎ですから。

「より究極のサービスを求めて」、英会話学校の無料レッスンを何件もはしごして比べる、なんて根性がないことも、確かですけどね(笑)…。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月07日

(3)英会話学校に行かなかった理由

「英会話学校は、楽しそうかも…」と、内心ずっと思ってました。

3名くらいのグループレッスンとかに参加して、話題があったら話がはずんだりして、授業の後、皆で一緒に外でお茶したりなんかするのかしらん…などと、夢想したりして(笑)。

でも、ホントに英語の力を伸ばすことを主目的にするなら、1対1のプライベートレッスンが、一番いいんでしょうね。
やっぱり日本人数人と一緒だと、どうしても英語一本で…とならない雰囲気が、そこはかとなく、でてきそうですからね…。

最初は「え?今なんて?」とか「そうそう」なんて、あいづちの日本語がときおり混ざるだけだったのに、いつの間にかほとんど日本語になっちゃって、たま~に英語がはさまるだけになるとか(笑)。

まぁ、大手の英会話学校ならば、きちんと先生がそのへん律してくれるんでしょうけど。

ごく小規模の英会話教室などは、その辺が厳しくなくて、どこまでも流されてしまう…という話は、時々耳にします。

たぶん、自分で予習復習した成果を、英会話学校での短い時間にありったけをぶつける…というのが、費用対効果的には一番よいんでしょうけど。

・・・それもなんだか、終わった瞬間燃え尽きて、ガックリ疲れてしまいそうですねえ。

かといって、ユルユルと楽な気持ちで48回コースとか受けてしまうと、今度は最終回を終わったときに、全然しゃべれるようになってない自分に対して、激しい自己嫌悪を感じたりしたらいやだな…などと、先回りして想像したりして(笑)。

いや、それくらいで終わるならいいけど、ばん回しようとして、更に高額のAdvanced Courseに、勢いで申し込んだりなんかしちゃったりして…

などとグルグル想像して、きりがなかったりするわけであります(笑)。

英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月06日

(2)英会話学校に行かなかった理由

英会話学校に行かなかった理由を、今頃になって、じっくりと考えたりしているわけでありますが。

ひとつはおカネの問題、と、昨日書きましたけれども。

この場合、「おカネ」については、実際支払うことになる金額そのものよりは、「自分で満足できるくらいになるまでには、ひょっとしたら底なしに金額をつぎ込む羽目になるかもしれない。」との不安にかられたことのほうが、大きかったような気がします。

また、「いつまでたっても上手くならないのに、せっせと月謝を払い込む自分自身に、そのうち嫌気が差してしまうかもしれない。」と、自分で勝手に先回りして、悪い想像に走ってしまったこともあります。

こんなことを考えているヒマがあったら、多少おカネを使ってでも、英会話学校に行ってひたすら先生を相手に練習してしゃべりまくったほうが、時間効率もよく、実り多かったのかもしれません。

そのヘンのプラスマイナスというか損得、費用対効果の良し悪しは、いまだに想像するしかない状態です。

だから、もし誰かから「英語が上手くなりたいんだけど、英会話学校に通ったほうがいいと思う?」と尋ねられたら、「行ったことがないので、わからない。上手に利用すれば効果はあるだろうし、そうでないなら思ったほど効果が得られない結果になることも、考えられるんじゃないですか」と、たぶん答えると思います。

でも、ひとつだけ経験に照らしてほぼ確実にいえるのは、ですね。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月05日

(1)英会話学校に行かなかった理由

「そこツボ!」のドナでございます。

何故か、なんとなく避けていた話題ではありますが、英会話学校(教室)について、ちょっと書いてみたいと思います。

英会話学校、果たして行った方がよいものかどうか…と思っている方も、この日記ブログをお読みの方の中に、いらっしゃるかと思います。

ということで、ちょっと自分の考えを整理するためにも、英会話学校には行くべきか、行かざるべきか?ハムレット!ということで、書いてみたいと思います。

実はワタクシ、英会話学校(教室)には、生まれて40数年、今日に至るまで、見学を含めてまだ一度も足を運んだことはありません。

別に、たいそうな信念や理由があったわけでもありませんが。

まず、一番の理由は、授業料が高くておカネがベラボウにかかるのではないか?と、ずっと思っていたこと。
いや、正確には、料金がどれだけ高いか、の問題ではなかったですね。

ウン十万円の費用投下して、それに見合った英会話力の向上がもし得られなかったらどうしよう、ひどく後悔することになるのではないか…という、いわば費用対効果について、どうにも自分の中で自信が持てなかったこと。

いや、英会話学校自体は、いまや過当競争気味で、支払うコストがずいぶん下がってきているのは、いくら行ったことがなくったって、さすがに知っています。

都心部でちょっと道を歩いてると、ティッシュペーパーやら、フリーペーパーやら、そりゃ否が応でも目に入ってきますからね…

問題は、「自分の内面」、だと思うのです。

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英語・英会話 上達そこツボ!日記

2007年02月04日

(5)発音記号は嫌い

カタカナ発音を利用していくときに、次の二つは大事なポイントになると考えています。

その1) 「リスニングが第一、カタカナ発音はサブの位置づけ」を忘れないこと。

CD等を使って英単語の発音を実際によく聴きこんでから、その後でカタカナ発音をチェックする、という順番です。
実際の音を聴くことを省略したり、また逆にカタカナ発音をおぼえることを軸にしているようでは、ダメです。

本来、英単語の音を聴いて、それがマネできてそしてきちんと伝われば、カタカナ発音や発音記号のお世話にはならずに済ましても、実際上そう問題はないわけです。

発音のよい悪いや上手い下手の前に、アナタが耳で一生懸命聴き取った「音の感じ」を、強烈に脳に叩き込むことを、まず第一にしましょう。

その2) アクセントが大事、どこにアクセントがあるかをしっかり確認する。

カタカナ発音を使うなら、正確なアクセントの位置と「セットで」考えていくべきです。
アクセントさえ正確なら、ネイティブには勢いで結構わかってもらえるのではないか?と思えるくらい(笑)、ここは大事なところです。

カタカナ発音の表記をした本をみても、アクセントの部分は太字になっていたりしてわかるようになっているケースも多いようですので、その分、どこにアクセントがあるのかの確認はしやすいはずです。

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