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  1. 「話したいことを話せる場所」で話すと、すごく英語の力がつく。
  2. 英語が「資格・教養」から、「サバイバル・ツール」に変わる日はくるか。
  3. 英語という「巨象」を食べるとき、小さく切る前にやること。
  4. 「ネイティブと話す機会がない」とお嘆きのアナタに、オススメの一冊。
  5. 英語・英会話の勉強で疲れた時は、算数の計算ドリルを解いてみる。
  6. 「挫折」じゃなく「中断」にすぎない、と言おう。
  7. 海外旅行先の救急車から考える、「伝えたい思い」の強さ。
  8. 「10月1日から気持ちも新たに、勉強をスタート!」とか、力まない。


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    英語・英会話 上達そこツボ!日記
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    2007年10月30日

    「話したいことを話せる場所」で話すと、すごく英語の力がつく。


    たまに食べにいくカレー屋さんの新聞棚に、どういうわけかいつも「日経ビジネス」が、
    置いてありまして。

    食べながらめくっていると、多言語のSNS(Social Networking Services ま、「ミクシィ」の国際版みたいなもんですね)の「ワールドフレンズ」というサイトに関する記事がでていましたので、つい読んでしまいました。

    この「ワールドフレンズ」というのは、早い話「世界ベースでの、多言語ペンパル募集」のネット版のようです。
    (ところで”ペンパル”って、もうほとんど死語ですかね?)

    日本でも宣伝を強化しているようですが、皆さんは、このサービスはご存知でしたでしょうか?

    なにせ、ワタクシが社会人になりたての頃は、英字新聞の「ペンパル募集」のコーナーとかを読んで、相手をイメージしながらコワゴワ探すのが普通のやり方だったもので、隔世の感が…(というと、ちょっとオーバーですが)。

    世界で120万人のユーザーがいて、無料登録できるんだそうです。

    で、相手からのメッセージは受け取れて、その相手とはメールのやりとりだけは無料でできるんですが、メールをやりとりしたい相手に自分からメッセージを送るには、月3,500円払って有料会員になる必要があるんだそうです。

    ちなみに有料会員は4万人で、その7割が日本人だそうです。(ということは、世界のほとんどのユーザーは、無料サービスだけで済ましている…ってことなんでしょうかね?)

    「だそうです」という書き方になるのは、ワタクシは、このサービスを使っていないからです。

    ここまでは、このサイトや運営会社のサイトに書いてあったことの、受け売りです。

    このメタフォーグループの社長のドミニクさんが、何年もかかって大変に苦労してこのビジネスモデルをたちあげた…という記事の内容には惹かれましたが(このメタフォーグループのサイトに、紹介記事などもアップされてます)、ワタクシはいろいろ事情もありまして、まだまだ海外のメル友をつくっているヒマがありません。

    決してこの「ワールドフレンズ」に載っている、20代の男女が顔写真付でグイグイと押しまくる自己アピールに、気おくれしたからではありません(笑)…。

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    2007年10月25日

    英語が「資格・教養」から、「サバイバル・ツール」に変わる日はくるか。


    えー、本日は雑談モードですが。

    皆さん、あちこちで配信されていたこの記事はもう、読まれましたか?

    英政府 外国人就労者に「英検」 EU域外対象 在留邦人悲鳴 (イザ! 2007年10月25日配信記事)

    簡単に言えば、景気好調の英国で、外国人労働者の流入に業を煮やした英政府が、就労申請者に対して一律に英語検定「IELTS(アイエルツ)」を実施することになった…というお話です。

    日本ではTOEICのほうが圧倒的にメジャーですが、英国ではこのIELTSが代表格ですね。

    必要とされるレベル5.5、TOEICに換算して650-700点程度だそうですから、カタコトで働いてきた外国人労働者にとっては、なかなかハードルが高そうですね。

    ロンドンなどで働く日本の寿司職人が、試験におちて泣く泣く帰国…という事態が心配されているそうです。
    うーん、そんな心配をしているのか…。

    「Hey スシボーイ、イギリスで働きたきゃ、IELTSで5.5くらいはとってきな」、てな感じでしょうか。

    「オ…オマエなんか、握ってやる!」と抵抗しても、たぶん泣く泣く強制送還ですね。

    来年の実施前に、にわかに詰め込みで英語の勉強をする外国人就労者が激増する、という構図になるのでしょう。


    日本で暮らすたいていの日本人にとっては、この話は「対岸の火事」なんでしょうけれどね。

    しかし、「外国語ができる・できないで、国家権力による選別と強制を受けて、露骨に人生が変わってしまう」という事態が、先進国で現実に起きていることに、ワタクシとしてはこの国の過剰な英語熱に照らして、ある種の予兆を感じた次第です。

    英語はまだまだ国家権力とリンクするどころか、TOEICが企業の就職試験で選別に使われている程度で済んでいますが、遠い先々はどうなることやら、です。

    今、ありがたくもこの「そこツボ!」を読んでいただいている、20代前半くらいの皆さん。
    あと20年後の日本、皆さんが社会の中堅世代として生きるはずの頃は、労働環境がどうなっているか、ホントにわかりませんよ。

    金利がバーンと跳ね上がっただけで国内は大混乱ですし、物価だってほら、灯油だの小麦粉だの、目立たないように少しずつ上がりだしているじゃないですか。

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    2007年10月22日

    英語という「巨象」を食べるとき、小さく切る前にやること。


    唐突ですが、「象を食べるときは、どうするか」という話を、お聞きになったことはありますか?

    これからする話、あくまで「象」は「自分の手に負えないくらい巨大なテーマ・課題・解決するべき問題」といったことの象徴、話のたとえとして用います。
    もちろん、実際に食べるハナシじゃなくてね。


    皆さんがとりくんでいる英語・英会話だって、外国人であるワレワレにとっては、結構なサイズの「巨象」だと思いますよ。

    見上げて「うーん、これを全部食べるのかぁ…」と、ため息をつくくらいに。

    この解決策としてよく知られているのは、

    「象を食べる時(解決すべき大きな問題に直面したとき)は、まず小さく切ってから食べる。まずは、問題を出来るだけ自分の手に負える範囲まで小さくしてみる。」

    というアプローチです。

    最初にこの解決方法を聞いたときは、「ふぅん」と思って深く気にもとめなかったのですが、だんだんと「それだけじゃ、足りないかもしれない」と、思うようになりました。

    だって、大きいままの象に直接ガブッとかぶりつこうが、小さいステーキサイズにして皿の上に盛り付けて食べようが、象は象であることに、変わりありませんからね。

    いくら口に入るサイズを小さくしても、「目の前にドンといる、あの象(=英語・英会話)を全部食べなくてはならない…」と思ったら、やっぱり「あと何万皿ぶん、食べる必要があるんだよ…」と、ゲンナリしてくるんじゃないでしょうか。


    ですので、ここからはワタクシが考えた、もう一ひねりした「象の食べ方」をご紹介します。

    なんだと思われますか?

    「食べているのが象であることを、無理やり忘れる?」
    イヤイヤ、自分が今とりくんでいる全体像(=象)を、見失ってはなりません。

    「さまざまに味付けを変えて、飽きがこないように工夫する?」
    いい心がけで一定の効果はありますが、ひととおり回した後は、また厳しくなりますね。

    ワタクシの提案は…

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    2007年10月18日

    「ネイティブと話す機会がない」とお嘆きのアナタに、オススメの一冊。


    最近、英語・英会話本のオススメがフレーズ集などに偏りがちでしたが、久しぶりに「今の日本における英語と英会話の現状」を正面から論じた、読みごたえのある一冊の新刊に出会いましたので、ご紹介します。

    「ネイティブ信仰はやめなさい」 (古波蔵 勇著、イプシロン出版企画、1260円)

    作者の方は、どうもこれが、はじめての著書のようですね。
    英語の教授暦20年以上で、英検一級、TOEICスコア990、通訳案内士の資格を持っているものの、海外には旅行を含めて一度もいったことがない、英語の達人のようです。

    本を開いた直後、「はじめに」のところで、著者の主張としていくつか書かれている下記のフレーズをちらっと見ただけで、思わず読んでみたくなりませんか?

    これまで英語・英会話力アップのために常識的に当然だろうと世間一般で思われていることが、なぜそうではないのかを、わかりやすく論理的に、ユーモアも交えながら、説得力のある説明を展開してくれています。

     ・小学校英語必修化は日本を滅ぼす。
     ・ネイティブは英語を教えることができない。
     ・英会話は一人でも練習できる。
     ・ネイティブは英語の文法を知らない。
     ・「生きた英語」は幻想に過ぎない。
     ・ネイティブも実は発音がわからない。

    いかがですか、なかなかに刺激的(笑)でしょう?

    他にも、「聞けなければ話せないは大嘘」「TOEIC信仰もやめなさい」など、世間にはびこる英語上達法と一線を画した主張を、理由付きで丁寧に説明しています。

    ネイティブとの対比で英語や英会話の実力をはかりがちな傾向を戒め、同時に海外留学や英会話学校通いが無くたって英語はうまくなる(著者が生きた見本ですね)という希望を、この日本でネイティブとの会話など縁遠いままに、コツコツと英語を学ぶ人たちに、きちんと示してくれています…。

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    2007年10月14日

    英語・英会話の勉強で疲れた時は、算数の計算ドリルを解いてみる。


    ヒトの集中力というものは、一説では「30分程度が限界」と言われてますが。

    勉強でも仕事でも、50分間は頑張ってやって、残りの10分を休憩にあてるというサイクルがよい、とおっしゃる方もいます。

    英語・英会話の勉強にちょっと疲れたけれど、最近サボっていたし、今日はヤメタ!というには、まだ少し早い気もする。

    そんなときの気分転換は、どうしていますか?

    ま、普通に休んだり、友達とおしゃべりをしたりでも、もちろんヨイのでしょうが、ワタクシが個人的に、以前からヒジョーに「妙な効果」を感じている気分転換法があるので、本日はそれをご紹介しますね。


    はたして、同じような方がいるのかどうか。

    それは、英語の勉強のあいまに、算数の計算ドリルを数問程度やってみることなんです。あんまり難しくないヤツね。

    最近ハマっているのは、「暗算でやる二桁の掛け算」ですね。

    英単語をおぼえたりするのに疲れたら、20問程度、無作為に問題を解いてみる。


    ほら、近頃は以下のような「インド式計算」関連本が、書店のコーナーの一角を占めているじゃないですか。

    「インド式で算数脳を作る!」
    「頭が良くなるインド式計算ドリル」

    そういうのを一冊近くにおいて、勉強に疲れたら、暗算なのでベッドにでも寝ころびながら、ちょっとやってみるわけです。

    で、その後でまた英語・英会話ワールドに戻るわけですが、脳の全然違う部分を使ったせいか、なんだか頭の中が、すごくリフレッシュされたような気分になるんですよねぇ。

    これが、単に体を動かしたりおしゃべりをしたりするのとはまた違った感じで、脳が使い慣れていない部分を使ったせいで生じる、「心地よいかすかな疲労感」っていうんですか。

    何と言うか、「脳が軽い汗をかいた」ような、気持ちいいような頭のジワーッと感というか、妙な感覚をおぼえてくるんですよ…。

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    2007年10月09日

    「挫折」じゃなく「中断」にすぎない、と言おう。


    英語・英会話を秋からスタートした人たちの「学習記録ブログ」が増えてきているようで、たまに見て回っています。

    この人たち、いつまで続くかなぁ、と思って(笑)。

    いや、別に、イジワルで言っているわけじゃないんです。

    英語・英会話の勉強とブログの更新、二つとも長くやるのは、誰にとっても、ケッコー
    大変ですからね。
    仕事も、秋に入ってさらに、バリバリとやんなきゃならんでしょうし。

    英語のブログランキングを見てもらうとわかりますけど、上位陣はどこもほとんど、「うーん、このブログの管理人は、すでに相当英語ができる、熟練者だな」と感じさせる人ばかりですよね。
    本人がどう思っているかは知りませんが、はた目にみて、明らかにね。


    つまり、彼らはブログの更新の方におもに力を注げるわけで、英語・英会話の勉強の方は、自分なりの方法論が、どなたもほぼ確立しているはず。

    だから、同じように両方やっているとはいえ、英語・英会話のほうについては、精神的にはずいぶんラクだと思うんですよね。

    これが英語・英会話もはじめたばかり、ブログも新規に立ち上げましたじゃ、結構、気持ち的にもタイヘンで、エネルギーを使いますからねぇ…。

    ま、開設されたレンタルブログの過半は4ヶ月も持たない、という調査結果も過去にはあるようですし、「英語だってブログだって、やりたいときにはじめて、やめたいときには好きにやめたらいい」というのも、もちろんアリなんでしょう。


    ブログのほうはともかくとして、英語・英会話に臨む姿勢については、大半の学習者にとっては、それくらいの軽い感じでいくほうがいいだろう、とワタクシは思っています。

    新しく習い事で英会話をスタートした、なかなか上達が感じられない、仕事も忙しくなってきた、で、英会話学校に行く足取りも重くなり、3ヶ月でやらなくなっちゃった。

    こういうケースはよくあると思うのですが、ここからが肝心。

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    2007年10月05日

    海外旅行先の救急車から考える、「伝えたい思い」の強さ。


    唐突ですが、海外旅行がらみの話から。

    日本人が海外旅行先で急に病気になったとき、それも脳卒中や心筋梗塞など一刻を争う、はやく手当てをすれば助かる確率の高い病気で、救急車を呼ぶような事態になったときに、日本人旅行者は、日本語が話せる病院や医師のもとに搬送されることに、どうも必要以上にこだわる傾向があるそうです。

    ありがちなケースとして、保険会社の24時間日本語サービスにまず最初に連絡して、その指示をじっと待っていたり、日本語の通じる病院にこだわっているうちにいたずらに時間がたってしまって手遅れになってしまう事例が、ずいぶんと多いそうです。

    他にも、保険会社のオペレーターがとんでもなく遠い病院を電話で指示して、行ってみたら、とっても小さなクリニックで手術対応ができないため、もっと大きな総合病院に転送されたりしているうちに時間がたってしまい、事態がさらに悪化、といったケースもあるようで。

    こういうの、外国の医師からみると、とても不思議なんだそうですよ。

    「日本人というのはどうして、手遅れの状態になってからくるのか?」って、いぶかる専門医が多いんだそうです。

    言葉が通じないにせよ、先進国の総合病院クラスになれば、医療設備も医師の水準も日本とそう違わないので、とにかく一刻も早く、そうした病院に運び込むことが肝心なんだそうです。

    まだ海外で救急車に乗ったことはないのですが、救急車に運び込んでしまえば、たいていの場合は病状を察して、ちゃんと適切な専門のある病院に運んでもらえるそうですよ。

    英会話を日々学ぶワタクシたちにとって、コミュニケーションというものを考えるときに、これはなかなかに、教訓的な話だと思います…。

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    2007年10月01日

    「10月1日から気持ちも新たに、勉強をスタート!」とか、力まない。


    10月が始まりました。秋ですね。
    ようやく灼熱地獄から遠ざかって、頭の回転もなんとなく、一段アップしたような気がします。

    新しいことを始めるには、確かによい季節のように感じます。
    4月の学校の入学式の時などに感じたあの新鮮な気持ちを、なぜかつられるように、思い出したりします。

    新聞でも「新しくはじめる、習い事特集」が盛んに組まれていて、とある調査をみると、英会話がトップに来ていました。

    ま、いつなんどきでも、英語・英会話は、こういうときには「ベスト10」は、大体はずさないようですが。


    しかし、最近特に思うのですが、「新しいことは、区切りのよい時期から始めよう」などとは、あまり思わない方がいいみたいですね。

    別に、英語・英会話の勉強に限らないのですが、何か新しいことをスタートするときは、開始する月日にあまり特定の「個性」を与えないほうがよいだろう、と思うのですね。

    確かに、「10月1日から、英会話の勉強を開始」などと区切りよくはじめると、あとで思い出したり、進捗記録をつけたりするのには確かに便利なのですが、言ってみればそれだけでして、半面、デメリットもあるかなと。

    そのデメリットと言うのは、10月1日という特定の日に「勉強の開始日という個性」を与えてしまったために、もし勉強を続けられなかったとしたら、その日が挫折のはじまり(笑)、負のスパイラルの起点になってしまうことです。

    「あぁ、英語やるぞと決めて、たった1ヶ月で挫折したのか…」といったことのも、あとでヒジョーにはっきりと、思い出しやすくなりますし(笑)。

    そういう意味では禁煙・禁酒と、少し似ていますね。

    まるで自分がどういうプロセスで挫折したのかをあとで思い出しやすくするために、スタート時期をわざわざ特定しているように気にすら、なってきます。


    英語・英会話の勉強のスタート時期を特定するということは、その行為を「線」や「面」ではなく、「点」の視点でとらえがちになるということでもあります。

    「点」の集合が「線」になり、いずれ完成形の「面」になることを期待するのは、ワレワレが本能的にもつ感覚であり、願望のような気がしますが。


    この最大の欠点は、「点」から、完成形の「面」になるまであまりにも時間がかかり、完成にいたるまでのプロセスが自分の中でよくイメージできず、どうしても気持ちが途切れやすくなり、結果として挫折するケースが多くなる…ということです。

    10月1日から勉強を開始することに決めると、次は10月2日、3日、4日…と日を積み重ねて、「点」の延長線上に、最終的な目標を据えてしまう。

    目指すべき目標となる、手元から伸びるその線の末端がはるかかなたにかすんで見えないような場合、果てがあるのかないのかと不安におちいって、続かなくなってしまうのが普通ではないでしょうか…。

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