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  1. 「楽しんで英語を学ぼう」とすると、真の楽しみから遠ざかる。


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    2009年01月17日

    「楽しんで英語を学ぼう」とすると、真の楽しみから遠ざかる。


    よく、「英語・英会話の勉強は楽しんでやろう」といいますよね。

    もちろん悪いとまではいいませんが、「楽しまないでやったほうが、いいんじゃない?」と、内心思うことも多いです。


    「楽しむ」のは「苦しむ」のと同一線上にある、絶えず変化する「感情」の話ですよね。

    いつもいつも勉強のたびに楽しむことなんて、普通はなかなかできませんし。

    逆に、勉強することがそういつもいつもツライはずもない、とも思います。


    数回に一回、わるくても数十回に一回くらいは「お、この単語はこういう意味があったのか、へぇ~」とか「あ、このフレーズ、あのとき使っていればTPO的にドンピシャだったな」とか、いわゆる知的好奇心が刺激されて、気持ちが震えるような瞬間だって、必ずあるはずです。

    ですので、参考書や問題集を目の前にひろげるときに、振れ幅のある「感情」というものを羅針盤にしてしまうと、その日の体調や出来事によって感情の波が揺らされるたびに、学習成果も何かとほんろうされてしまうわけです。


    これまでの記事でもたびたび書いていますが、ワタクシは英語・英会話の上達においては「いかに長く勉強を続けるかがもっとも大事、とにもかくにも続けてさえいれば、それなりにうまくなるはずだ。しかしただ続けるだけのことこそが、実はもっとも難しい」との立場をとっています。

    というか、振り返ってみても、自分がそれなりに英語が上達した理由を、それ以外のことにうまく見出すことが、いまだに出来ていないので。
    実体験したアプローチにこだわりすぎの面も、あるかもしれませんが。


    だいたいTOEICで高得点をとったり、英検1級に受かったところで、それらが英語を自在に使いこなすための指標としてはいかにはかなく頼りないか、実は取得した当の本人たちこそ、口にこそ出さないものの内心でいつも感じているはずですよ。

    イヤ、証拠はなにもありませんが、そう思います(笑)。

    中にはこれでオッケー!という人たちもいるんでしょうけど、それはそこが自分の限界点、ゴールだと、宣言しているようなものでして。

    英語・英会話力の上達を目指すヒトって、ハタからみたらすでにかなりの熟練者に見えたとしても、たいていは自分なりに確信がもてる羅針盤やモノサシのようなものを、止むことなく無意識に探しまわっているものです。


    え~、話を戻して。

    ですから、英語・英会話の勉強を長く続けるためには、心の持ちようとして、別に楽しんで勉強することをそう意識する必要はないわけです。

    むしろ何も考えず、自動的に・習慣的に・ナニも考えずにタンタンとやるほうが、何年も続けるという点では長持ちするだろう…と思うわけです。

    「楽しくやるほうがいいに決まっている」という方は、楽しいという感情のドライバーが無いときは、勉強を休まざるを得ませんからね。

    でも外国語の学習は、どう工夫してみたところで、同じようなことの繰り返し、反復練習の世界からは逃れられないわけです。

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