2008年10月29日
「英語モードへの切り替え」「英語脳へのスイッチ」を、警戒する理由。
以前も似たようなテーマで書いたような気が強くしますが(笑)、ま、なるべくかぶらないように気をつけて書きます。
たとえば英会話の勉強をしていて、「あ~、英語がペラペラとしゃべれるようになりたいな…」などと思っている人はみな、しゃべりたい内容それ自体を、自分のなかにたくさん抱えている人なのでしょうか。
それとも普段はまったく無口な人でも、ひそかに同じように思っていたりするのでしょうか。
時々ふと、そんなことを思うことがあります。
ふだん無口な人は、日本語で口数が少ないのだから、英会話がうまくなったとしても、寡黙なままでいるのが自然体というか、それが本来あるべき姿のはず。
英語でしゃべっても、当然ほとんど単語の羅列というか、口数はやはり少ないはずだろう…などと、思うわけです。
じゃあ、なんのために苦労して英会話なんか勉強したの?と思われるかもしれませんが、無目的で単に勉強したいからするだけ、英単語帳を眺めているだけでなんか落ち着く…ということでも、全然OKですよね。
そういう人が果たしてどれくらいいるかは、別にしても。
たまに「英語を話すときは、頭のスイッチを英語モードに切り替えて、英語人格で話そう」的なことを言う人がいますが、それは好意的に見ても、自分自身錯覚を起こしているというか、勘違いしていることに気づいていないんじゃないか…と、思うわけです。
だいいち、異なる言語ごとにいちいち人格を切り替えろって、多重人格のススメか?と、ついツッコミたくなってしまいます。
日本人との間では「ふーん」とか「そうなの」としかふだん言わない人が、英語だと急にぺらぺらしゃべりだすのは、はたから見ていてもちょっとヘンというか、本人としても何かしら無理をしている状態なのは確かですよね…。