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    2007年03月10日

    (3)「適当・ほどほどな勉強」vs「突き詰めた勉強」

    8日の日記で書いた「ゲシュタルトの祈り」については、色々読んでいますと、肯定する反応ばかりでもないようでして。

    「社会への関わりを自ら謝絶し、他人への無関心を強める考え方だ」といった類の批判もあるようですね。

    確かに、この詩の発想を英語学習に引きなおしたなら、「あなたはあなた、私は私」などといってばかりでは、「自分がやりたくなきゃ何もしなくてよい、そんなのワタシの勝手」ということで、話が終わってしまいます。

    前回、完璧主義には弊害が多いということで、「適当・ほどほど」に長くやるということが大事だ、ということを、確かに書きました。

    しかしながら、全く逆のことを言うようですけれども。

    英語・英会話学習においては、いつまでも頭と精神にあまり負担がかからない「適当・ほどほど」だけでは、伸びが止まる時がいつかくるように思えます。

    どこかの段階で覚悟して、もう勘弁してと悲鳴をあげたくなるくらい、気持ちが悪くなるくらいに、集中して勉強をする時を、人生の一期間において持つべきではないだろうか。

    実はそんなことを、最近はヒシヒシと、自身の問題として、感じている次第であります。

    そういうことをしないと、自分の英語力はここどまりで終わってしまうのではないか、と。

         
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