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    英語・英会話 上達そこツボ!日記
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    2009年06月26日

    英語・英会話の勉強、「毎日歯を磨くような気持ち」で出来たら理想的。


    先頃、たまたまTVで見ていた↓この番組ですが、「時間」がテーマで、考えさせられるものがありました。


    FILE076:「『時間』という名の怪物」(爆笑問題のニッポンの教養)


    「一日は24時間しかない」「時間は誰にとっても平等」というのが真実であるその一方で、いったんその時間が一人一人の中に降りてきたら、それはある程度「伸び縮みするもの」に変わるんじゃないかと(番組のゲスト教授が「心的時間」と呼んでいましたが)。


    たしかに子供の頃は一日がすごく長く感じて、歳をとるほどにあっという間に日がくれるように思うのは、いったいナゼなのか。

    イヤな時間は時計が止まったかと思うほどに進まないのに、旅行中とか誰かと一緒に楽しく過ごす時間は、ナゼ飛ぶように過ぎてしまうのか…誰しもが経験することですよね。


    気になったのでネットをウロウロしてみましたが、「ジャネの法則」とか「相対性理論」とかも含めて、諸説あるんですね。

    「新しい情報量の処理が多いと、時間を長く感じる」という趣旨の説明は、以下引用にもありますが、よく見かけました。


    伸縮する時間 (泥の考跡)
    人間が感じる時間の長さは、新しい情報の量に比例する(Software Development ITmedia オルタナティブ・ブログ)


    ま、いずれにしてもワレワレ英語・英会話の学習者にとって大事なのは、「客観的な長さの時間」よりは、上で言うところの「心的時間」のほうですよね。

    おそらく勉強をはじめた瞬間に「客観的長さの時間」が「心的時間」に自動的にスイッチして、その人のなかでどれくらい時間が伸びたり縮んだりするかで、得られる成果もずいぶんと変わってくる…ということなんでしょう。


    学習スケジュールをキチッと立てることの重要性を説く英語本や、忙しいなかでいかに学習時間をひねり出すかのハウツーを説くタイムマネジメント本が、もう山ほどあるわけですが。

    でもこういう類の本は、「心的時間」なるものは実質的に無視せざるを得ないんでしょうね。あまりに個別的な世界だし。

    「週四日、22:00~23:00」などと学習スケジュールを決めて机に向かうとしても、その心的時間の質は日によって、また気持ちのありかたによっても、ずいぶんと中味が異なってくる…ということですもんね。


    その固定された学習時間帯が、英語・英会話の上達に向けて「ノッた時間か、ノラない時間か」のどちらに振れているかで、得られる成果が変わってくること自体は、おそらく避けようがないんでしょう。

    かといって、英語・英会話を勉強する気分になるまで机には向かわんぞ…とやってしまうと、今度は怠け心が顔をのぞかせて、いつまでたってもやらなかったりする。


    だからして、まず机の前の椅子に意識して半ば強制的に座りましょう、それを続けることで習慣化して機械的に学習モードになっていきます…といったやり方も、よく知られているところです。


    ま、ワタクシはこれまでも書いてきていますが、この「ノッた時間か、ノラない時間か」という視点を英語学習に入れるのはヤメタほうがいい、という立場です。

    「心的時間」の質をあげようとするアプローチは却下、という考え方といってもいいんですが。


    英語・英会話学習、進歩が自覚できなくて悩んでいるときの過ごし方(2)。
    「楽しんで英語を学ぼう」とすると、真の楽しみから遠ざかる。


    その最大の理由は、そのように「心的時間の質に頼る部分が多くなってくるほど、学習が続かなくなること自体のリスクが高まる」と思っているからです。

    この長い(短い?)人生、べつに英語学習に限りませんが、そういつもいつも気持ちを乗せまくって、ハイになって新しいテーマに向かい合うことなんて、やっぱり無理だし、続かないんじゃないでしょうか。


    英語・英会話学習においては、ワタクシは明らかに「楽しんでやる」派じゃないですね。

    しかし「やっているうちに楽しくなるから、ガンバロウ」派というわけでもなくて、「やっていていっこうに何も感じない」状態をキープできるのがベスト、と思っているクチです。


    たとえて言えば、「朝の歯ミガキ」的な感覚で英語の勉強に向かい合えるならば、それが一番いいんじゃないかと。

    超音波歯ブラシとかペーストとか、あるいは磨き方や磨く時間に凝ったところで、そういうのは飽きたり面倒になったりで、いずれはやらなくなるわけです(ここはあえて、確信的に言います)。


    ただそれでも、何も考えずに洗面台に毎朝向かって歯を磨くという最低限の行動だけは、みんな止めないですよね。何年も、何年も。

    この毎朝歯を磨くような感覚を抱いて、語学の学習に向かい合えるのが一番強いんじゃないか…といつも思っているんですよ。


    上の説のようにもし心的時間が新しい情報量に左右されるものならば、なおさら心的時間の質にこだわっては、ダメだとも思うんです。


    だって外国語の学習って、「新しい情報のインプットの連続」じゃないですか。

    心的時間の質をあげることに過度にこだわったら、普通は心が折れるほうが先に来ますよ。


    だから英語・英会話学習は、「楽しもう」とか「つまらない」とかはあまり考えずに、やろうと思ったこと・必要と思ったことをタンタンとこなしていく心づもりで臨むことが、きっと一番ヨイです。

    あくまで個人的意見ですけどね。


    書き終わってから気づいたけど、過去記事のメッセージとかなりダブってるな…ま、いいか、いつものことだし(笑)。