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    英語・英会話 上達そこツボ!日記
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    2009年05月13日

    英語・英会話学習、専門家の言うことは最初から「話半分で」聞く。


    センエツながら本日は、ワタクシの個人的な数十年の英語・英会話学習経験で身につけた上達の「奥義(笑)」のひとつを、ご披露しましょう。

    それは「この地球上のあらゆる英語・英会話の専門家や大家がとなえる英語上達メソッドや英会話上達方法すべて、はじめっから話半分のスタンスで聞く」ということ。


    「へぇ」と素直に感心して自分の学習スタイルに取り入れたりするのは、いいとこ自分の気持ち半分までにとどめる、という意味です。

    それらのご高説に接する以前に、前もってバリアを張るくらいで、スタンスとしてはちょうどいいや…と思っているわけなのですよ。


    「盲目的にひとつのメソッドを信じてついていく、英会話の勉強これだけ!というやり方を、自分は絶対しない」と、最初から自分の心の内でひっそりと宣言し、自分の中のルールにしておくことです。


    もう世界的な言語学者であろうが、世界数十カ国で展開する外国語学校の創始者の理論であろうが、著名な同時通訳者の唱える方法であろうが、おかまいなし。

    話を聞いたり本を読んだりする以前に「いいとこ半分くらいしか信用しないことにしてるんで、そこはよろしく」と決めて、ご高説に臨んでいるわけです。


    ましてや巷の英会話学校や英語教材、そしてもちろん本ブログも含めて、自分以外の人間が「こうすれば英語はうまくなります」的な話をしていたら、聞く前から「参考にしたり取り入れたりするのは、2~3割でも多いくらい」と決めておくことです。


    このブログ程度ならともかく、言語学の権威や有名人の監修した英会話メソッドや語学教材などが、体験者の声をズラズラと並べて大々的に喧伝していたりすると、これまでの自分のやり方をあっさり放り出して、そっちに夢中になる人が珍しくないんですよね。


    英語・英会話を身につけようとこんなに勉強しているのに、どうもうまくならない。上達している気がしない。

    そうすると、うまくいった人の成功例や、彼らが「こうすれば上達する」とアピールするメソッドを、自分もためしてみたくなる。


    でも、ここまではいいんです。

    なにも外国語の学習に限った話じゃありませんが、ここまでは「ものごとを身につけるためのごく当然のプロセス」です。


    しかし、これまで自分がやってきたやり方をきれいさっぱり捨て去って、彼らのとなえるノウハウや学習法に完全にスイッチしそれに全没入してしまうとなると、これは話は別。

    やめるべきですね。


    いかにつたなくとも、自分で「こんなやり方でいいのか?自分は間違っているんじゃないか?」と疑念にさいなまれながら四苦八苦している状態であろうとも、今の状況でそういうやり方をしていること自体に何かしらの意味があるからこそ、アナタはそうしている。

    ワタクシは、そう思います。


    おそらくアナタが悩みながらもそうしているのは、外国語学習のみならず、あなたの価値観・生き方とクロスする部分の多い、簡単に変えることのできない「人生のベース」のようなものに、どこかでつながっているからじゃないでしょうか。

    アナタが英語や英会話を勉強しようと思った理由も、もしかしたらそこから生まれているのかもしれません。


    そしてそれは、いかな語学学習の専門家・大家であろうと、外から観察していては決してわからない部分です。

    アナタ自身でわかっているかすら、怪しいもの。

    まして外の人間がそこをくみ取ったアドバイスなど、出来るはずもありません。


    英語を身につけることが、服を季節や流行にあわせて着替えるごとく、一過性のファッションに過ぎない程度のものなら、あなたのいまの学習スタイルはこのベースとなる部分にリンクしていない、ということだと思います。

    だからこそ、これまでのやり方を簡単に捨て去って、英語教授の権威者らが自信満々に唱えるアプローチになびいてしまう。

    そしてうまくいかないと次、またうまくいかないとその次…とばかりに、長い旅にさまよい出ることになるわけです。


    しかしこれらの外圧というか、外からのアプローチの数々は、学習効果が思うようにあがっていない立場からみるとたいていの場合、実に魅力的に映るものです。

    ほんの数ヶ月でペラペラになるとか、ある日突然英語が日本語のように聴き取れるようになるとか、そんなうまい話はあるはずがない…と頭ではわかっているのに、そして用心はしているつもりなのに、経験豊かで実績ある(と称する)専門家がそこまで力説するのだから…と陥落してしまう人が、後を絶たないわけです。


    必ずしも「うまい話には気をつけろ」とだけ言いたいわけではなく、「うまい話にのっかるにせよ、これまでのすべてを捨て去ってそれに全没入することだけは避けろ」と強調したいわけですよ。


    それを防ぐもっとも簡単な方法が「権威だろうが専門家だろうが、外の人のいっていることはマックス半分までしか話を聞かん」というふうに、自分なりに許容量の上限を決めてしまうことだと思うわけです。

    別に半分でなくて、10%とか30%でもいいですが。70%とか80%だと、割合的に多くて歯止めになりにくい気がしますけどね。


    動機が何であるかを問わず、英語という外国語を学びたいと思った以上は、誰かと何らかのコミュニケーションをとりたいと思ったわけですよね。

    「ペーパーバックがすらすら読めれば、外国人と一生話なんかしなくたっていいんです」という人ですら、時と場所を超え、英語を通じての著者とのコミュニケートを求めているはずですから。


    誰かとコミュニケートする前提としての「アナタそのもの」が見えなくなるほどに、外の誰かが薦めるやり方に自分というものを預けきってしまうなら、すばらしい英語をよどみなく話すアナタのその口は、ホントにアナタ自身の口なんですか?

    よその誰かのメッセージを伝えるための拡声器を育てているだけじゃないですか?と言いたくもなるわけです。


    よく「英語はひとつの技術・道具にすぎない」的な学習アプローチを耳にしますが、それだと英語はあなたにとって「取り替えのきくパーツ」ということになりますよね。

    たとえば、運転免許なんかと似ていますかね。

    運転技術の上手下手はある。車があるなら必要だが、なければ不要な技術。

    そして大多数の人にとって運転免許の有無は、その人生観や生き方とはリンクしてはいないですからね。


    英語や英会話は、あたかも運転免許をとるように身につけることができるでしょうか?

    おそらくはYES、できるでしょう。

    しかしコミュニケーションを得るための手段を、技術・道具としか見ない姿勢は、たいていの場合より便利で有用な技術や道具を求めることにしかつながらないものです。

    運転がうまくなったら、もっと運転がしやすい車に買い換えたくなるように。語学学習を「技術の習得」という目線でだけみていると、外からの「こうすればうまくなる」「当校独自の英会話プログラムで驚異的に上達する」的アプローチに陥落しやすい体質に、必ず(笑)なっていきます。


    だから「英語なんぞは道具、恐るるに足らずだ」という人。

    そういう見方もアリだろうなと思う一方で、こういう人はこの先もずいぶん多くの種類の「道具」を外から売り込まれ、目移りを繰り返しながら買い続けることになるんだろうな…とも、思うわけです。


    「英語は道具、だから自分はよい道具を手に入れたい」と思う人の数が潜在的に多くない限り、英会話産業が今日これほどまでに大きく成長したことへの説明はつけにくいんじゃないでしょうか。

    ワタクシはその意味で、「英語は道具」的アプローチは「散財につながりやすい享楽的(笑)なアプローチ」だと、これまでずっと警戒してきました。


    くどいようですが、「すべからく他人を信じるな」といいたいわけではありません。

    自分が認めた学習方法を試してみたり、また自分の方法論を変えることを否定もしませんが、「他者への全面的信用・全面的依存だけは最初っから無しね」ということです。


    外からあれこれ言ってくる側はたいていの場合、そのやり方への「全面的依存」を求めているはずですので、アナタが自身になんらかのルールを設けるなりしておかないと、いつかはやられて(乗っ取られて)しまうかもしれませんよ、Brace youreself!ということです。


    ま、本日の話も耳半分で聞き置いてもらうとして、人の話の真偽や是非を判断するというのは、普通の人にとってはいかに困難なことか…ということですね。

    ましてそれに身を預けるなど、よほど判断材料を豊富に持っていないと難しい。

    かといって判断材料を多くもっている外の人に、自分についての判断を丸投げするなんてもっと危険なことです。


    「だまされたと思ってやってみてください!」と売り込まれたとして、「だまされる可能性があるならやらない」もしくは「だまされてもいい程度にやるくらいで深入りしない」のが上策とすると、やって終わった後にだまされた!と怒るのが、ごく普通の反応となります。

    そして受け手にとって最悪なのは「終わった後もだまされていたことに気がつかないまま」あるいは「だまされたことに気づいたが、気づかないふりをする、あるいはやってよかったと無理に思い込むことで自分自身をだまそうとする」ことじゃないでしょうか。

    売り込む側が上手であればあるほどに、得てしてこういうケースになりやすかったりするわけですが。


    ということで、たとえ弱々しく穴だらけであろうとも、自分なりのルールをこしらえた上で英語・英会話の上達にのぞむほうが何万倍もマシだと、ワタクシは強く思っているのです。