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    英語・英会話 上達そこツボ!日記
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    2008年11月18日

    英語・英会話の学習プロセスをメモっとくと、「思い出がいっぱい」か?


    数日前、新聞各紙に「景気後退宣言」発令の大見出しが踊ってましたね。

    「いまさら改めて言わなくてもわかっとるわい!」と、内心突っ込んだ方も、さぞ多いのではないかと思いますが…。


    「宣言がでるまでは記録上、景気が横ばいないし悪くない」というのがおカミとしての立場ということなんでしょうけど、なんだか釈然としないですよねぇ。

    歴史的にはこの日をもって国が景気後退入りしたという文脈で語られていくんでしょうけど、庶民感覚とここまでズレたタイミングで、大きく「宣言」をかまされてもねぇ…。


    しかし景気後退宣言の場合はいざしらず、英語・英会話の勉強をしているみなさんにひとつ、三十数年くらい勉強してきたワタクシからオススメしておきたいことがあります。


    それは、「自分の英語・英会話の学習記録・上達記録を残しておくこと」。


    あ、もうソッコーで「んなメンドーなことできるかよ!日記だって三日と続かない体質なのによぉ!」というツッコミが、聞こえてくるようです。


    でも、そんなにご大層なものじゃないですから。

    ま、ワタクシも学習「記録」などという言い方をするからいけないんですが…。


    別に毎日、日記帳を開いてつけろとはいいません。

    自分なりに「ちょっとがんばったかな」とか「これは自分にご褒美レベルだな」とか思ったときだけ、いわば自分のなかでイベント扱いしたいときの、節目節目でいいんです。

    しかも1~2行程度の、メモ書き・走り書きでOK。


    「2008/11/18 ついに「英単語セレクション」を一冊読了!難しかった~でも一歩前進。」

    こんな感じでいいんですよ。

    で、一年くらいしてから「2009/11/18 ひさびさに「英単語セレクション」。これをまわすのは確か5回目。8割がたおぼえてるはず。使う機会があんまりないのが残念」とかね。

    ま、もちろんノートとかを一冊決めて、思いついたときにそれをメモっておく。


    で、なんのために、こんな記録づけを勧めるのかということなんですが…。


    それはですねぇ、あなたが英語・英会話の勉強をこのあともずっと続けていると、いつかうまくなるじゃないですか。

    いや、やったぶんだけは上達しますって、必ず。


    で、ある程度自分がうまくなったアカツキにですね、必ずといっていいほどに「いったいいつ頃から、自分は英語がこんなにうまくなったんだろう?」という変化の生じた地点を、振り返って確認したくなるものだからです。


    しかし悲しいことに、ヒトは忘れやすい生き物。

    忘れたくとも思い出せない…じゃなくて、その瞬間を思い出したくとも、たいていの場合は完全に忘れてしまっているものなのです。

    なにかその変化の瞬間が、よほど自分にインパクトのあるものでない限りは。


    ワタクシも時々、学生時代はあれだけ聴き取れなくて苦労していた同じ洋画のセリフを楽に聴き取れている自分に気づいた瞬間などに、「オレっていつから、これが聴き取れるレベルになったんだろう?」と思うことがあります。

    ま、中学生以降は日記のたぐいはつけていないので(小学校6年までは親の半強制もあって毎日つけてましたが、その反動かも)、いつからか上達しはじめたかなどはむろん忘却の彼方、おぼえているはずもありません。

    ただし、上で書いたような走り書きメモ程度の記録があれば、きっとそれをきっかけとしてスルスルと、当時のいろいろな記憶もいっしょにたぐり寄せることができたはず。

    記憶の糸口がないばっかりに、当時は大いに苦しんだはずの英語・英会話上達のプロセスは、ほとんど何も思い出せないままです。

    なんというか、三十数年もやってきたことなのに、実にもったいないことのような気がしているわけです、いまさらこの歳になって。


    え、今ですか?

    今というか、2006年12月からは記憶の糸口だけは残していますよ、このブログを書いてることで(日記とうたいながら、月に1~2回くらいしか書いてませんが)。

    自分が学んだ内容などはほとんど書いてませんが、たとえば皆さんにオススメしたい本の記事をみれば、あーこのときにこんな本を買ったんだな…といったことが、そのとき自分の考えていたことの記憶を呼びさます、きっかけになりますからね。

    ま、はからずも、一石二鳥となっているわけです。


    ほかの利点をあげればですね、あなたがいつか英語がうまくなって、誰かに英語を教える機会が訪れたときなどにも、多いに役にたつと思いますね。

    自分が初心者からどういうプロセスを経て上達したか、どれくらいの年月をかけてひとつのことをモノにしたか、これをきちんと自分の内心で納得していると、同じようなビギナーの人に接して何かを教えるときに、自信を持って伝えることができます。

    この場合、「相手方に伝える」というのは「説得可能な状態をつくりやすい」というニュアンスも入ってます。


    仮にあなたが経験者から教えてもらうとしたら、「オレはベテランなんだから言うとおりにやってれば間違いないんだ、黙ってついてこい」と言われるのと、「自分の経験では、この単語集一冊分の単語を完璧に使いこなせるようになるまでに一年かかっている。だから君の場合は、割ける勉強時間を考えて、一年二ヶ月でマスターする目標をたてるのがいいだろう」と言われるのと、どっちに納得しますか?


    で、この教える相手方となる「誰か」には、実は「現在の自分自身」も含まれているわけですね。

    つまりあなたが、今のレベルからさらなるステップアップをもくろんでいるなら、過去の上達スピードの時間的感覚(マスターまでどれくらいかかったか)をカラダに刻んでいるならば、それを目安にして今度はだいたいこれくらいかかりそうだ…というスケジュール感を、かなり自信をもってたてることができるはずです。


    一言でいえば「経験に裏打ちされた自信」というヤツですが、この自分がこれまで積んできた英語・英会話の学習経験を「可視化(目に見える化)」しておくと、いずれきっとすごく役にたつことがありますよ、ということなんですわ。


    景気後退宣言のように、アリバイづくりのために無理にシルシを残すような必要はサラサラないんですが。

    ただ、そのときどきの学習の過程で感じた「熱のようなもの」を、そのときの思いとして書き残しておくと、十年くらいたってから見たときにきっとなにかしら感じるものがあると思うんです。

    かりにそのときは英語からすっかり遠ざかっていても、それはそれでいいじゃないですか。

    いつか、十年ぶりに当時の書き残しをみたら、ひょっとしたらその瞬間に、また英語の勉強をはじめたくなるかもしれませんしね。


    ♪ 「初心者だった」となつかしく思うときがくるのさ~ ♪

    youtubeでつい、「思い出がいっぱい」を聞いてしまいました…。